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ほんの少しでも僕は舞い上がれる |
東急ハンズ前で、竜ヶ峰帝人は池袋最強の男と待ち合わせていた。 珍しく静雄が土日の休みを取れたので、これから出かけて、今晩は静雄の家に泊まる予定だった。 メールではやり取りをしていたが、少し前までテスト期間中だったので、久しぶりに静雄に会える。 帝人はご機嫌で彼を待っていた。 平和島静雄とはつい最近交流を始めたばかりだ。 皮肉にも彼がダラーズを抜けた時の事を切っ掛けに、静雄が帝人を漸く認識し始めたのだ。顔を合わせれば挨拶をし、会話も増えて行った。その度に彼の不器用な優しさに触れ、帝人は増々彼に好意を持った。 最初は憧れと恋を取り違えているだけだと自分に言い聞かせていたが、遂には押さえられず、なし崩しで「好きです。」と伝えてしまった。 もう終わりだと帝人は顔色を無くしたが、静雄はあっさりと頷いて了承した。 それ以来、このように一緒に出かけたり、互いの家に泊まったりしている。 恋人らしい事は一切ないが、帝人に不満はなかった。 告白もただの憧れと捉えられたのであったとしても、こんなに平和島静雄に近づけるのであれば良いと思った。 元々、彼とは釣り合いの取れない平凡な高校生なのだから、これ以上望めば、すべてが無になってしまう気がした。 だから、帝人は「年の離れた友達」のポジションに甘んじていた。その壁を越えるには自分は無力過ぎる。 (今はこのままで…。) ふと思考が途切れて、腕時計を見ると約束の時間を十分過ぎていた。 いつも時間ぴったりに顔を出す静雄が遅れる事は珍しい。何かあったのかと思ったが、十分やそこらで連絡を取るのも、急かしているようで気が引ける。 帝人は大人しく携帯を弄りながら彼を待つ事にした。 一時間が経った。 さすがに心配になって、電話を掛けてみたがコール音が暫く続いてから留守電に切り替えられてしまう。 何回も掛けて自分の着信で埋めてしまうのも気持ち悪く思われてしまうかもしれないと考え、帝人は留守電に「都合が悪くなったのであれば手が空いた時にでもメールを下さい」とメッセージを残した。 電話、と言わなかったのは、そっちの方が気軽だと思ったのと、自分が普通に振る舞えるか微妙だったからだ。 楽しみにしていたのに、なんて未練がましい雰囲気を感じ取られてしまったら、鬱陶しいと思われるかもしれない。それは避けたかった。 パチン、と携帯電話を閉じた時、肩を叩かれた。 彼だと思い振り返るが、そこに立っていたのは爽やかな笑顔を浮かべた新宿の情報屋だった。 表情には出さず、内心舌打ちをする。 「やあ、帝人君。久しぶりだね。」 「お久しぶりです、臨也さん。」 「そんなに嫌そうにしなくても良いじゃない。シズちゃんじゃなくて残念だった?」 何もかもを見透かす様な赤い目に居心地の悪さを感じて、帝人は曖昧に笑って誤摩化した。 「残念だけど、シズちゃんは来ないよ。」 「…何か、したんですか。」 平坦な声で問えば、臨也は「太郎さんこわーい!」とふざけて躱した。帝人の眉間に皺が刻まれる。 普段、温厚な少年に冷たい目を向けられても、臨也が動揺する筈もなく、寧ろ楽しむ様に口角を上げた。 「偶然遭遇しちゃってね。さっきまで俺と追っかけっこしてたんだよ。今は血眼になって俺を捜してるかな。」 「ノ何処ら辺にいるかわかりますか?」 「さあ。シズちゃんの行動を把握するのは難しいからねえ。」 「じゃあ『折原臨也さんはここにいます!』って叫べば出てくるかもしれませんね。」 冷たく言えば、臨也は面白そうに笑った。不快になって睨みつける。 「何ですか。」 「そうすれば確かに駆けつけて来るかもしれないけど、君はそれで良いのかな?」 「意味が分かりません。」 「だから、シズちゃんは君の為にここに来るんじゃなくて、俺の為にここに来るってこと。」 言葉を切って、まるで悪意を感じない、純粋な笑みを浮かべる。 「君との約束なんか放って、俺を追って来る。つまり、君の優先順位は俺より低いって証明する事になるけど?」 「っ、」 帝人は一瞬だけ傷ついた顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻る。 「別に、静雄さんに会えれば良いです。」 「本当に?もっとちゃんと自分を見て欲しいんじゃないの?」 「臨也さんと違って僕には追われる程の魅力はありませんから。仕方無いです。」 厭味を言ってやったつもりだったが、臨也にそんなものが通じる訳もなく、否、寧ろ通じていて敢えて「きゃっ!私ってそんなに魅力的ですかぁ?太郎さんのお墨付き貰っちゃった!」とはしゃいでみせた。 帝人は冷ややかな視線を送るしかない。 「いぃぃーざぁぁーやぁぁー!」 向かいの道路から地を這う様な声が響く。 違えもしない彼の声に、帝人がピクリと反応する。 「あーあ、見つかっちゃった。」 面倒くさそうに肩を竦めた臨也は、「またね、帝人君」と手を振って走って行ってしまった。 律儀にお辞儀をしている間に、静雄は彼を追うべく駆けていた。 彼の視界には、自分は入っていない。 (あーあ。臨也さんが挨拶なんかするから静雄さんを見る時間が減っちゃった) 八つ当たりに近い愚痴を心の中で呟く。 どう足掻いても、自分は臨也さん以上の存在にはなれない。それが、負の感情のものだとしても。 行かないでと引き止めれば、きっと疎まれる。彼の行動を制限するなど、何者にも許されない。 悔しいと思う事すら不相応だ。 いいじゃないか。他の人より少しだけ仲良くて、彼の視界に入って認識された時にあいさつができる。 そう言い聞かせて、自分の中に燻る嫌な感情から目を背けた。 ぼんやりと静雄の背中を目で追っていると、彼が急に振り返った。 驚いて目を丸くしていると、彼が「竜ヶ峰!」と叫んで何かを投げて寄越した。慌てて手を出し、なんとかそれを受け取る。 「悪ぃ!それ飲んで待っててくれ!」 「は、はい!」 条件反射の様に返事をすると、静雄は確かに帝人に一瞬笑いかけて、それから臨也が消えた方向へと再び駆け出して行った。 呆然と彼の背中を見送ってから、自分の手に視線を落とす。 静雄がくれたのは、帝人がよく飲んでいるお茶だった。特別好きと言う訳ではないが、無難な味なのでいつもそれに落ち着いている。 静雄と会っている時も頻繁に飲んでいた。 「………。」 何処にでもある銘柄だから、偶然かも知れない。 それに、彼は自分ではないひとを追いかけて行ってしまった。 それでも。 帝人は嬉しそうに、少しぬるいペットボトルを握りしめた。 ********************************************************** 静帝にちょっかいを出す臨也さんが好きです。2010/08/24 ブラウザバックでお願いします。 |