続・いざや兄さんとみかどくん02




 約束の土曜日、帝人は臨也に連れられて水族館を訪れた。
 しかし、早くも疲れ気味である。その理由は、勿論、隣を歩く男。
(・・・本っ当、目立つな、臨也さんは)
 一般の高校生のはずなのに、異常なほどの視線を集めていた。確かに、仕方ないといえば仕方ないかもしれない。黒のロングカーディガンに黒のVネック、ブラックジーンズに黒のショートブーツ。雑誌のモデルのように少しやり過ぎた感があるのが、余計に彼を目立たせていた。極めつけはその機嫌の良さ。朝からにこにこと笑顔を振りまき、優しげな柘榴色の目に周囲も釘付けだ。かくいう帝人も、なんだか落ち着かない気分である。
 帝人はなんだかアウェーに紛れ込んだ気分で、チケットを購入する列でなるべく目立ちたくなくて小さくなっていた。しかし、自分が目立っているわけではなく、隣の男なのだから、それが帝人に話しかければ帝人の努力は無に帰す。
「楽しみだね」
「はぁ」
「動物園は行ったことあったけど、水族館は初めてだよね」
「そうですねぇ」
「シャチも居るんだよ。ショー観ようね」
「はぁ」
 帝人はいつ臨也がとんでも発言するのではないかと気が気ではなかった。こんなところで「恋人」やら「付き合ってる」やら言われたら堪ったもんじゃない。
 上の空な帝人に対し、なんとも珍妙なことに、臨也が不機嫌になる様子はなかった。にこにこと、帝人にその笑顔を向けるばかり。
「ペンギンもいるみたいだよ。ペンギン可愛いよね」
「ペンギン好きなんですか?」
「ああ、好きだよ。陸上ではその愛らしいフォルムで人を魅了しているけれど、水を与えれば度肝を抜く泳ぎを見せるし、割と獰猛だ。馬鹿な人間を欺く実に面白い動物だ」
「はぁ?」
「その点ではシャチも好きだね。調教師に従い、人を楽しませるが、その実、海のギャングと言われる凶暴さ。いつ謀反を翻すかと想像するとぞくそくずるね!」
「・・・・。」
 まさに、中二病と言った反応に、帝人は少しだけ目を逸らした。しかし、視界に入ってきた女性たちは、今の会話を聴いたはずなのに、まだ、臨也を夢見るような目で見つめていた。
「帝人君は何が好き?」
「僕は・・・、ハンマーヘッドシャークとか好きですよ」
「ハンマーヘッドシャーク。和名は撞木ザメ。両端に飛び出た突起に目と鼻孔を持ち、立体的に物を見ることが出来るが、正面に死角がある。基本的に小さいサメではあるが近年、5から6メートルにも及ぶ個体も発見されている。サメにしては非常に珍しく群れをなして行動する。被害報告は少ないが、獰猛な人食いザメ。意外だねぇ。君はイルカとかラッコって言うかと思ったよ」
 臨也のありがたくない詳しい説明に多少げんなりする。
「そんな深いものではなくて、あの見た目が好きなんですよ」
「見た目?あんな掃除機が?」
「それが可愛いんじゃないですか」
「可愛いねぇ。まあ一匹ならまだいいね。君は群れを成している彼らの映像を見たことある?青い海に落とす歪な影。それが一体を埋め尽くすように泳いでいるんだよ。その中に人間が落とされたらと思うと、ぞくぞくしないかい?」
「想像力逞しい臨也にぞくぞくしましたよ。映画で勘弁してください」
「何言ってるんだい?あんなフォルムじゃ画になんかならないだろ。エンターテイメントとして起用されるのはホオジロザメが相場でしょ」
「・・・・。」
 確かに、言っていることは本当のことなのだが、知りたくないことだってある。帝人が拗ねて「もういいです」と言えば、臨也は機嫌を取るように帝人の頭を撫でた。
「人の趣味はそれぞれだよね。確かにあの掃除機が好きという人間はいるよ。ね」
「はぁ、どうも」
 臨也の触れ方がなんだかおかしい気がして、帝人は先程とは別の理由で素っ気なく答えた。そもそも男子高校生の頭を撫でるというのがおかしい。
 その後、チケットを購入して中に入ると、海の中を彷彿とさせる青い光に満たされており、帝人は物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回した。
 一番最初の水槽に鯛やら蟹やら美味しそうなのが沢山いて、帝人も少しテンションが上がる。水族館で「美味しそう」なんて罰当たりな気もしなくはないが、砂を踏みしめている足の長い蟹に、帝人は釘付けだ。
「おっきい・・・」
「・・・帝人君、あんまそんな目で見ちゃ駄目だよ」
「!」
 反射的に口を拭いたが、幸いよだれは出ていなかったようだ。それから気まずげにもう一度水槽に視線を戻した。後ろから舌打ちが聞こえて来た。
「蟹の癖に・・・・」
「?なんですか?」
「別に」
 呟いた臨也に首を傾げる。なんとなく、彼の機嫌が降下したことはわかった。
(もー、本当、臨也さんのスイッチはわかんないんだから)
 自分が原因なのか、そうでないのかも判断が難しい。
 そんな微妙な空気のまま、次の水槽へと移る。
「臨也さん、臨也さん、フグですよ!」
「何?食べたい?」
「違いますよ!フグ可愛いです」
 あのもったりした雰囲気にほわわんと癒される。
「帝人君は独特なやつが好きなんだねぇ」
 ひょいっと後ろから臨也が水槽を覗き込む。背中に臨也の体温を感じてどきりとする。 (うわ、臨也さんの匂いがする・・・って、いつも一緒に居るじゃん!何を今更・・・うう、一緒に居るって・・・)
 心の中でなんとか言い訳を重ねる度に、帝人の頬は熱くなっていく。
「帝人君、見ないの?」
 俯きがちになった帝人に気が付き、臨也がそう声をかけると、帝人はばれたくなくて、「見ます!」と慌てて顔を上げた。けれど、水槽に臨也の顔が映りこんでいて、ガラス越しに臨也と目が合ったような錯覚に陥った。
(ちがう、臨也さんは魚見てるだけ。僕じゃない、そう見えるだけ)
 目を逸らそうとした時、顎をぐいと掴まれて上を向かされた。
「いざやさ、」
「黙って」
 ちゅ、と触れるだけの口付け。一瞬で離れていったそれに、帝人は徐々に事態を把握していって、顔を真っ赤にさせた。
「何考えてるんですか!」
 怒鳴りつける帝人に笑いかけながら、臨也はスタスタと次の水槽へと移った。
「聞いてますか!?」
「聞いてるよ。君が大きな声出すから皆びっくりしてるよ?」
 辺りを見回すと、確かに視線を感じ、帝人は更に顔を赤くした。
「僕じゃなくて貴方の所為でしょう!?」
「君が騒がなきゃ皆気づかないよ」
「はぁ?貴方、自分がどれだけ注目を集めてるか、」
「皆、魚に夢中だって。ほら、」
 既に周囲の関心は水槽の中へと戻っていた。帝人は安堵のため息を吐く。
「ね?次行こ?」
「・・・・。」
 なんとなく納得がいかなかったが、帝人は大人しく臨也の後ろを付いていった。
「ねぇ、帝人君、ほら、マンボウだよ」
「わっ、」
 途端に駆け寄り、ゆったりと泳ぐ大きな丸いフォルムのそれに、釘付けになる。
「臨也さん!見てください!正面すごいですよ!細い!うわぁ、可愛いなあ!」
いろんな角度から眺めようとうろうろとマンボウの周りを歩き回る。クスクス笑いながら臨也が帝人の後ろに立つ。背後に気配を感じて、帝人は先程のことを思い出して体を固くした。
「あぁ、ほら、あっちの方に帝人君ご所望の掃除機」
「あっ!」
 大きな水槽の奥の方を見ると、優雅に尾ひれを動かすハンマーヘッドシャークの姿があった。
「わ、すごい、本当にあんな形してるんだ。すごいなあ」
 興奮しているのか、ふえぇとなんだか可愛らしい声を上げている帝人に、臨也が笑み漏らす。
「あ、臨也さん!あっちで群れ作ってますよ!」
「鰯だね。美味しそう?」
「もう!それはいいじゃないですか!」
 頬を膨らませた帝人が、振り返って臨也を睨みあげる。
「・・・。」
 ちゅっ、と、またもキスをされて、帝人は今度こそ怒りに任せて、水族館から逃げ出した。
 近くの公園で臨也に捕まるまで、帝人は懸命に顔を擦って頬が赤いのと、よくわからない心音を誤魔化すことに務めたのだった。

 この日のことが、月曜日からの学校生活を一変させることを、二人はまだ知らなかった。




***




「水族館だぁ!?」
 うっかり口を滑らせて、正臣に臨也との話をしてしまったことを後悔した。移動教室の途中で大きな声を出す正臣に、「静かにしてよ!」とにらみを利かせると、正臣は不満そうな顔をしたものの、それ以上大声を出すことはなかった。
「俺を差し置いてやるじゃんか」
「なにそれ、正臣も行きたかったの?」
「冗談!そういう意味じゃなくて、水族館デートなんてクールでジェントルマンなこの俺様だってまだしたことないのに!」
 くそう!と悔しがる正臣に、帝人が顔を赤くする。
「デートって・・・、」
「違わないだろ?手を繋いで『あの魚可愛いわね』『何を言っているんだい?君の方が可愛いよ』なーんてやるんだろ!?キスすんだろ!?そうなんだろ!?」
「・・・んなわけないだろ」
 冷たい声とは裏腹に、帝人の顔は真っ赤になって目を逸らされた。やったのか、と、友人の恋愛事情を知って、しかも相手があの生徒会長だと知っているので正臣は自分で撒いた種にも関わらずげんなりした。
「俺の純情帝人がどんどん汚されてく」
「うるさいな!」
 めそめそとしている正臣を放って、帝人は席に戻った。次の授業の準備をしようとして、机の中に何かが入っていることに気が付く。何かと思い取り出してみると、無地の封筒だった。
「?こんなのあったっけ?」
 心当たりがなく、仕方なしに封がされていないそれを開いて、帝人はすぐに中のものを戻した。それから、周りの生徒に気づかれていないか様子を窺って、もう一度見る。
 そこには臨也と自分がキスをしているところが写真に映し出されていた。薄暗い青い光から想像するに、水族館で撮られたのだろう。
 ぎり、と唇を噛む。
 封筒を探っていると、また別の紙が出てきた。緊張しながらそっと取り出すと「折原臨也に近づくな」と書いてあった。小さく息を呑む。
 どういうつもりなのだろうか。ぎり、と唇を噛んで素早く封筒を仕舞う。

 帝人は次の授業をまともに受けることが出来なかった。



***



 臨也は上機嫌で弁当を食べていた。
 ちなみに、これは帝人の手作りである。正に愛妻弁当と臨也は大切に一口一口を口に運んでいた。
 そんな様子を傍にいた新羅がめんどくさそうに見た。
「臨也、君、最近、構いすぎじゃない?」
「何が」
「帝人君だよ、帝人君」
「なんだ?嫉妬か?悪いけど、俺は帝人君一筋だから」
「気持ち悪いなぁ。僕だってセルティ一筋だよ。そうじゃなくて、信者を蔑ろにしすぎじゃない?」
「はぁ?だってどうでもいいし。ていうか、俺が構わないからって問題起こすような洗脳はしてないよ」
「洗脳、ね。そこまでいってる奴はいいかもしんないけど、俄か信者はどうだい?」
「・・・何が言いたい?」
「例え、君が帝人君を構い倒しているとしても、外から見ればそんなのはどうでもいいってこと。ただ自分の憧れの人間がひとりを贔屓にしていたらどう思うかな?」
 そこまで言うと、臨也の赤い目がすっと細められる。
「もうちょっと気にしてあげた方がいいよ」
「・・・・。」
 ヘマを下覚えはないが、確かに、気をつけるに越したことはないだろう。思案していると、その隙に新羅がお弁当の中の卵焼きを抜き取ってぱくりと食いつく。
 それに気が付いて臨也が悲鳴を上げて立ち上がった。
「おまっ、何してっ!」
「んー、甘い卵かー。僕は甘くない派だけど、これはなかなかおいしいね」
「吐け!吐いて飛び降りて詫びろ!」
「あははー、教室で素をだしちゃっていいのかなー」
 はっとして辺りを見回すと、目を丸くしたクラスメートたち。臨也は眉を顰めて座り直した。
「くそ、後で覚えてろよ!」
「アドバイス料だよ」
 新羅の言葉にフン、と鼻を鳴らして、弁当に意識を戻した。



***



「お待たせ、帝人君」
 昇降口で待っていた帝人に、臨也が優しげに声を掛ける。帝人は少しホッとしたように臨也を迎えた。
「帰りにどっか寄ってく?」
「ええ、今夜はマーボー豆腐なので、豆腐とネギ買って帰りたいです」
「お、いいね。海老も買ってエビチリしようよ」
「わかりました」
 じゃあ生姜と・・・と考える帝人に、臨也が「ねえ」とトーンを落とした。
「最近、何か変わったことない?」
「変わったこと?」
 臨也の言葉にドキッとしたが、帝人はふるふると首を振った。
「別に、何にもないですよ」
「本当に?」
「・・・臨也さん、何があるって言うんですか」
 呆れた風に言えば、臨也は「そう」と言って何かを思案するように視線を外した。帝人はそっと息を吐いた。

 実は、変わったことは今日一日で嫌と言う程あった。
 あの写真を見た後、そう脅されたからと言って生徒会活動をおざなりにするわけにはいかないので、与えられていた仕事をこなしていた。
 臨也に書類を私に行く途中、階段の上から黒板消しが落とされてきたり、教室に戻れば上級生が尋ねてきたといって渡されたノートには「死ね」と書かれていたり、先程、下駄箱を開けたら靴の中に画鋲が入っていて驚かされた。念のため靴を探った自分を褒めたい。
(ったく、まさかこんな低俗なことをするやつが実際いるなんてね)
 かばんの中には「ビッチ」やら「ホモ」やら「キモイ」やら書かれたノートが入っている。何か証拠がないかじっくり家で確認して、わかり次第、制裁を加えてやろうと思う。その他も写メで証拠写真を撮ってある。実際はどうあれ、一年で代理書記を抜擢された自分が先生に訴えて厳重注意させる方法もあるが、自分もあの写真を撮られているわけだからあまりスマートな方法ではない。二度とあんなことをさせない程の体験をどうやってさせるか、そんな物騒なことを考えながら帝人は臨也を待っていた。
大体ビッチってなんだ。自分は男だし、どちらかというと強要されているのだ。なんでそんなこと言われなければいけないのか。
 臨也に助けを求めればいいことはわかっている。もしかしたら、これを理由に臨也との関係を終わらせることが出来るかもしれない。振り回されるのはもう御免だ。
 そう思っていたはずなのに。
「帝人君、俺ちょっとコーヒー買いに行ってくるから。先行ってて」
「あ、はい」
 こくりと頷いて、臨也と別れる。
(あ、ついでに卵スープも作ろうかな)
 考え事をしながら食料品売り場への階段を下りていると、上から女性の話し声が聞こえた。続いて、ドン、と背中に衝撃を感じる。
「えっ、」
 気が付いた時には、身体が浮いて、まるでスローモーションのように、下へと落ちていった。
(あー、人、巻き込みませんように)
 自分が落ちていくだろう先には、人がいなかったのを確認して、ホッとする。
 それが、帝人の最後の意識だった。




***




まだ、中学校に入って一年経たないくらいだった。

「あんた、男の癖にまだお兄ちゃん離れできなんだ!」
 そう言った女子生徒に、帝人はただ、びっくりした。大好きな人となんで離れなければならないのか、わからなかった。
「しかも、臨也さんは本当のお兄ちゃんじゃないんでしょ?なんでイザ兄とか呼んでるの?気持ち悪い!」
 その言葉は、幼い帝人の心を深く傷つけた。けれど、帝人には反論することが出来なかった。
「うっせーよ!そんなの勝手だろ!なんでお前らに指図されなきゃいけねぇんだよ!」
 小さくなった帝人の代わりに反論してくれたのは、正臣だ。帝人を庇うように立って女子たちをにらみつける。
「自分が臨也さんと仲良く出来ないからって言いがかりつけんなよ!そういうの、ヒステリーって言うんだよブス共!」
「酷い!最低!」
「最初に帝人に酷いこと言ったのお前らだろ!」
「正臣、いいよ、別に」
「何言ってんだよ!お前、臨也さんのこと好きだろ!?」
 正臣がそう言った途端、周りがひそひそと囁く。帝人は恥ずかしくて、恥ずかしくて、咄嗟に「好きじゃない!」と叫んだ。
「別にどうでもいい!本当のお兄ちゃんじゃない!」
「帝人!」
 正臣の制止を振り切って、帝人は教室から逃げ出した。どうしたらいいかわからなかった。屋上に続く階段で、こっそりと泣いていた。悔しくて、辛かった。
 翌朝、夜も泣いてはれぼったい目のまま臨也に「これからは別に行かない?」と話したら、彼はあっさり頷いた。
 ショックだった。
 理由すら訊いてくれなくて、もしかして、臨也も自分と行くのが嫌になっていて、いつ帝人が切り出すのかを待っていたのではないかと思った。
 それから、自分たちの距離はすっかり開いてしまった。
 やっぱり臨也は皆の憧れで、今まで自分が占領していた居場所は他の人たちで埋められてしまって、すっかりなくなってしまった。
 でも、ショックを受けていると思われたくなくて、帝人は出来るだけ普通に振舞っていた。正臣には多分ばれていただろうけど、追求はしてこなかった。代わりに、帝人の心の隙間を埋めるようにいろんな所に連れ出して遊んでくれた。大切な親友だ。
 女子たちは後から謝ってきた。竜ヶ峰君がずるいと思って、ああいったのだと、泣いていた。
 別に気にしないでと笑いながら、女子はいいなと思った。泣けば男子は許す他ない。卑怯でずるくて、可愛い。
 そんなこともあってか、九瑠璃と舞流以外の女の子が少し苦手だった。それは高校に入ってからも変わらず。


(僕は、ホント女運がないなあ・・・)

 帝人は、見慣れた天井をぼんやりと見上げていた。
 今回だって、どうせ臨也に近づく帝人に嫉妬した女子の仕業だろう。本当、女は怖いなあ、と、文字通り痛感した。

「起きた?」
 視線を動かすと、臨也が寄ってくるところだった。帝人がこくりと頷こうとして、頭にいた帝人が走り、小さく呻く。
「ごめん、無理しないで。頭、打ってるみたいだから」
 そう言われて確認するようにそっと触れると、包帯が巻かれているようだった。
「・・・何が起こったか、覚えてる?」
「・・・・。」
 階段から、落とされた。
 恐らく、学校で嫌がらせをしてきたのと同一人物だろう。落とされる前に若い女の声が聞こえた。けれど、帝人の口からは別の言葉が出てきた。
「足を、滑らせて落ちました」
 別に、庇ったわけではない。憶測を言いたくなかったし、臨也の反応が怖かった。
 黙ったままの臨也に、息苦しくなる。ジッと見下ろしてくる臨也の顔は、逆光で見えない。
 どのくらいの沈黙だっただろうか、ようやく、臨也が口を開いた。
「君は、本当、めんどくさいね」
 先程までの気遣った色はない、冷たい声に、びくりと肩揺らす。
「い、ざやさん・・・?」
「どういうつもりか知らないけど、相手を庇って、良いことをしてる気になってるのかな?」
 臨也の言葉に、カッと羞恥で赤らむ。
「なんで、そんなこと、言うんですか」
 なんとか紡いだ声は震えていた。
「わからない?なら、もう君とはお別れだよ」
「いざや、さん?」
「さよなら。馬鹿な帝人君」
 そう言って帝人から離れていく臨也を呼び止めるが、彼は部屋から出て行ってしまった。
「臨也さん?うそ、でしょ?臨也さん」
 なんとかベッドから起き上がるが、まだふらついていて、ずるりとその場にしゃがみこむ。
「臨也さん、臨也さん・・・!」
 ブルーブラックの瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「いざや、さん、・・・いざにぃ・・・っ、」

 突き放されてわかった。
 自分が、臨也に何も話さなかったわけ。今の関係を失いたくなかった。
 けれど、もう遅い。


「帝人!?なにしてるの!?」
 上がってきた母親が、倒れ込んでいた帝人を起こした。
「帝人!?」
 帝人は気絶していた。


[続く]




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いーざーやーくーんー?…ごめんなさい。 2011/04/03

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