俺の知らない君9 |
「つ、あっ・・・」 目が覚めて、体中が痛いことに、驚く。 動けなくてぼんやりしていると、少しずつ、昨晩のことを思い出した。 (そうだ、臨也さんに・・・・) 唯の気まぐれでしかないことはわかっているのに、あの欲を浮かべた赤い瞳を思い出し、胸が熱くなる。 自分の体を見下ろすと、綺麗に清められていた。 まさか、彼がやってくれたのだろうか。 恋人だった頃ならわかるが、他人に対してはとことん冷たい臨也だ。放っていかれると思った。 (でもどうやって顔を合わせればいいんだろ・・・) 臨也のことだからけろっとしてるかもしれない。それどころか「どう?よかったでしょ?」くらい訊いて来そうだ。 まったく、こっちの気も知らないで。 段々腹が立ってきた。 何で自分が振り回されなければならないのか。とりあえずボールペンで一回刺す。 「・・・次やったらパソコンぶっ壊してやって・・・」 ぶつぶつと物騒なことを言っていると、傍にあった携帯電話が震えた。 重い体に鞭打って手を伸ばすと、門田からの電話だった。慌てて出る。 「もしもし、」 『おい、帝人!臨也がやばい!』 「えっ!?」 門田の言葉にぎゅうと心臓が冷える。 そういえば、起きてから臨也を見ていない。 「どうしたんですか!?」 『静雄を怒らせた!しかも臨也も抵抗しないんだ!』 「なっ、」 まさか、まだ昨日のことを!? 慌てて場所を訊いて通話を切る。 「どこまでめちゃくちゃにすれば気が済むんだよ!」 まったくもう!と苛立ち紛れに怒鳴りながら、帝人は何とか着替えて家を出た。 *** 「臨也さん!静雄さん!」 思うように体が動かなくて、結局タクシーで池袋まで来た帝人は瞠目した。 臨也がぼろぼろだった。 そして、対峙している静雄は、今までになく怒っているようだった。さすがの帝人も、その気配に恐怖を感じる。 しかし、満身創痍の臨也を放っておけるわけもなく、帝人は決死の覚悟で静雄の越しに抱きついて止めた。 「静雄さん!止めてください!」 「竜ヶ峰!?お前、大丈夫か!?」 帝人の声に反応して、持っていた標識をぞんざいに投げた。帝人の肩を掴んで、慌てた声を上げた。 「え!?だ、だいじょうぶですけど!」 けれど、帝人の泣きはらした目元を見て、再び目に殺気が帯びた。 「・・・・殺す」 「や、やめてください!これ以上やったら臨也さんが本当に死んじゃいます!」 「放せ、竜ヶ峰。今日という今日は許さねえ!」 「いやです!」 必死に静雄の腕にすがって止めようとする。 けれど、それを制止したのはやられてる本人の臨也だった。 「いいよ、なんか、もっと殴られていたい気分だし」 「何言ってるんですか!?馬鹿なこと言ってると刺しますよ!?」 「はは、帝人君に刺されるなら本望だな」 「っ!」 臨也の言葉に、帝人は目を見開いた。 「い、いま、帝人って・・・、」 臨也が記憶を失ってから一度も呼ばれていなかった自分の名前。 震える声で、言葉を紡ぐと、臨也は傷だらけの顔で、自嘲した。 「静雄に殴られれば記憶戻るかなって思って、やってみたんだけど、案外うまく行くんだね」 「じゃあ・・・!」 「うん、思い出したよ、帝人君」 「うそ・・・!」 ふらふらと覚束ない足取りで、コンクリートに転がる臨也に、近寄る。 「芝居、じゃないですよね・・・?僕で遊んでません・・・?」 「あはは、信用ないなあ。って、仕方ないか。帝人君、ごめん、もうちょっと屈んで」 「なんですか」 頬を塗らす血を拭いながら寄ると、後頭部に手をまわされ、あ、と思った瞬間には、唇が触れていた。 「〜〜〜〜ノミ蟲があああああ!!!」 後ろで静雄が喚くのも耳に入らず、帝人は顔を真っ赤に染めていた。 ぼろぼろだというのに、臨也は嬉しそうに笑っていた。 「すきだよ、帝人君、いっぱい心配かけてごめんね」 臨也さんだ、と、じわじわと実感が湧いてきて、蒼穹の目から、大粒の涙が溢れた。 「―――――っ、この、馬鹿!人でなし!恥知らず!最悪ですよ!」v 「本当だよね。ごめんね。ごめんね」 「うう・・・っ、許しませんからあっ!」 「うん、」 縋ってきた帝人の頭を優しく撫でていたが、ゲホゲホと咳き込み、呼吸が苦しそうになる。 帝人が慌てて「臨也さん!?」と名前を呼ぶが、「だいじょうぶ、」と薄く笑うばかりだ。 「何が大丈夫ですか!ああもう!死んだら承知しませんよ!!」 臨也を怒鳴ってから帝人は静雄を勢い良く振り返る。 こっそりサングラスを上げて目元を拭っていた静雄の肩がビクリと揺れた。 「すみません!静雄さん!手を貸していただけませんか!?」 「あー・・・、おう、」 言葉短く頷いて、静雄は臨也の体を肩に担ぎ上げた。ついに気を失ってしまったようで、だらりとその肢体を投げ出している。心配で仕方なく、帝人は甲斐甲斐しく傷を抑えたり、血を拭いたりして静雄にくっついていく。 帝人としてはあまり体に負担が掛からないよう、横抱きをお願いしたのだが、静雄が「これくらいじゃ死なねえからこれで勘弁しろ」と言われてしまっては、仕方がない。 「すみません、静雄さん」 臨也の様子を窺いながら、おろおろしたように見上げてくる帝人の頭を撫でてやる。 「良くわかんねえが、良かったな」 静雄の言葉に、一瞬瞠目した帝人だったが、すぐにあどけない笑みを浮かべた頷いたのだった。 *** カタカタと打っていく文字を追う柘榴色の瞳。 帝人は持ってきた薬と水をサイドテーブルにおいて、ため息を吐いた。 「臨也さん、」 咎めるように呼ぶと、臨也が困ったように眉尻を下げて帝人をを見上げた。 「ごめん、もう少し」 「いつからそんなに勤勉になったんです?それは完治してからにしてくれませんか?」 厭味を含んだ言葉にも、臨也は「ごめん」と困ったように笑うばかりだ。 ここのところ繰り返されるやり取りに、帝人は肩をすくめた。 新羅の家での治療を終え、臨也は現在自宅で養生している。 捻挫に骨折、打ち身に切り傷。全治一ヶ月だそうだ。 まったく、本当に馬鹿だと思う。 「記憶戻ったらそこで止めてもらえばよかったのに」 そう愚痴ると、臨也は居心地悪そうに目を動かした。 「んー、でも、その前にシズちゃんに『帝人君のこと忘れた』とか『無理矢理抱いた』とか言っちゃったから無理だったと思う」 「ちょっ、何余計なこともカミングアウトしてんですか!!」 だから、静雄はいつも以上に怒っていたのか。申し訳ないのと羞恥でいっぱいになる。 忘れたまでは許そう。しかし、その後は必要ないはずだ。 顔を真っ赤にして拳を握る帝人に、臨也が苦笑する。 「ごめん。俺も必死だったんだよ」 「僕も必死でしたよ。簡単に忘れられちゃうし、目の前で女の人といちゃつかれるし」 「・・・・ごめん、」 しおらしくなってしまった臨也に、苛めすぎたかと、彼の絹のような髪を撫でた。 臨也は今回のことが相当堪えているようで、少しでもその話題を出すと、反論もせず小さくなるのだ。 その様子が可愛いと思う自分も、相当やばいのだろう。 「もういいですよ。思い出してくれましたし」 「うん、忘れてた時の自分を殺したくなった」 「それは困りますよ。臨也さんは臨也さんなんだから」 ね?と言って、顔を寄せてキスをねだると、臨也は少し躊躇った後、労わるような優しいキスを唇に落とした。 まあ、暫くはこんな調子でもいいかもしれない。 帝人からもう一度キスをした後、「ちょっと出かけてきますね」と言って身を起こした。 「どこ行くの?」 「静雄さんのところです」 「何で!?」 柘榴の目が怒りかけたが、すぐに勢いを失って、しょぼんと視線が落ちる。 仕方がないなあとくすくす笑って、帝人はこつんとおでこをぶつけた。 「お詫びのプリンを差し入れてくるだけですから」 「・・・・浮気しちゃいやだよ」 「しませんてば」 自分を棚に上げてといおうと思ったが、あれは仕方のないことだ。これ以上言って落ち込ませるのは、帝人の本意ではない。 「少しは寝てくださいね。あまり無理をしないで」 「わかった」 どことなく覇気のない臨也に、どうしたものかと一瞬悩んだが、いいことを思いつき、再び顔を近づける。 「ん、帝人くん、」 臨也が驚くのを余所に、唇を押し付ける。ちゅうと吸い付くと薄く開いた口へと下を侵入させる。躊躇っていた臨也も、柔らかな帝人の舌に刺激され、迎えるように自分のそれを絡めた。 「・・・ん、」 帝人が鼻に抜ける声を漏らし、臨也の舌が一層絡み付いてくる。 はぁ、と口を離すと、飲みきれなかった唾液が零れた。 帝人の幼げな青い瞳に、欲が浮かぶ。 「・・・早く治してくださいね」 「もう、・・・ホント、甘やかしすぎだから・・・」 愚痴のようにこぼした後、臨也は「当然、」と言って、もう一度、帝人の口にかぶりついたのであった。 [おわり] ********************************************************** なんとか完結です!ここまでお付き合い下さいましてありがとうございました。2011/02/06 ブラウザバックでお願いします。 |