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俺の知らない君06




竜ヶ峰帝人が帰ってきてから。
結局、関係がよくなったわけでもなかった。まあ、強引に連れ戻しただけなのだから、それも当然だろう。
しかし、以前のような出て行って欲しいという気持ち消えていた。
理由がわからなくて苛々しそうになるが、それを表に出したらまた帝人は出て行ってしまうかもしれない。臨也は限りなく平静を装っていた。
彼も手探り状態のようで、臨也との距離をとっているようだった。

けれど、彼の口うるささは健在だ。
野菜を残せば、「いい大人が」と馬鹿にしながらそれを食べて、頭をあまり乾かさず出てくると「それじゃ何とかでも風邪引きますよ」といいながらドライヤーを押し付けてくる。しかも、一瞬乾かしてくれるのかと思って彼を見上げたら、彼ははっとしたように渡してきたのだった。やってくれればいいのにと言ったら、彼の冷ややかな目は一層冷たさを増した。

ああいえばこういう。正直可愛くない弟のような彼だが、彼が全く口出しをしない部分があった。
それは、女性関係だ。
女を連れて朝帰りになっても彼は文句を言わない。オフィスで色めいた雰囲気が漂うと、彼はそそくさと外出してしまっていた。
連れ込む女が毎日違えば、潔癖そうな彼は小言のひとつでも言って来そうなものだが、彼は予想に反して何も口出しをしてこなかった。


「竜ヶ峰君は彼女居ないの?」

夕食の支度をしている彼に、面白半分に訊ねてみた。
男の手料理なんて、と、最初は思っていたが、帝人の料理は案外気に入っていた。自分の腕前には劣るが、時間をかけて用意されたそれは嫌いではない。
今夜はパスタかと彼の手元を覗き込む。

「居ませんよ」

なんてことなく答える彼に、更に興味が湧く。

「もしかして、彼女居ない暦=年齢?」
「うるさいですね。ほっといてください」
「あ、その反応は図星か」

くすくすと笑うと、彼は少し眉間に皺を寄せてそっぽを向いた。少年らしい素直な反応だ。

「だよね、君童貞っぽいもん」
「さあ、それはどうでしょう?」

意外にも肩を竦めて見せた帝人に、臨也は目を丸くした。
先程と同じように「うるさい」と突っぱねると思っていたのに。もしかして。

「え?違うの?」
「お答えしかねます」
「なんで?いいじゃん」
「雇用者と被雇用者の間でも、必要のない情報だと思いますが?」
「・・・・。」

臨也の柘榴色の目が不機嫌そうに細められる。
思い通りに行かないとすぐに苛立つのが、彼の短所のひとつである。大抵のものは美丈夫に睨み付けられれば萎縮してしまうが、帝人はさすが住み込みで助手を勤めているだけはあるのか、怯む様子を見せずに、ミートソース用のひき肉を炒めていた。

「そんなことより、先日の依頼の情報収集は終わったんですか?」
「当たり前だろ」

憮然としていったが、実は全く手をつけていなかった。
ため息をついてそっとキッチンを離れる。彼が料理をしている間に終わらせてしまおう。うそをついたと分かったら、帝人の小言が酷くなるのは目に見えている。
そう考えて、これは彼の思い通りに動いているのではと気が付いた。話を逸らすため、わざと臨也が手をつけていない依頼の話をした。そしてまんまと自分はそれに乗ってしまった。
やられた、そう苛立ちを感じたが、仕返してやろうという気にはならなかった。
口うるさく、わずらわしくなっても、彼を追い出してやろうという気にはならなくなった。
あんなに疎んでいたはずなのに、臨也にもどうしてでかわからなかった。
彼を知らない、いや、正確には「覚えていない」だろうが、自分にとって不思議なことだった。
もしかすると、記憶を失う前の自分は、相当彼を気に入っていたのかもしれない。

そう思うと、彼を知っていた時の自分に、苛立ちを感じる。
手元に置きたがるくらいだ、きっと、相当面白いことを彼はやってのけたに違いない。そしてその記憶は一切自分にない。悋気に近い感情が生まれる。

何より、不思議なのは新羅の家で対面したとき以来、自分の記憶欠如について触れてこないのだ。
かといって、腫れ物に触るような感じではない。けれど、訊ねてみれば、「助手と雇い主じゃないですか」とけろっと言って退けて、それ以上の追随を許さないようだった。

しかし、彼のどうでも良いような態度が、臨也には少し気に食わなかった。


「そうだ、面白いことを思いついた」

帝人と自分の関係を周りから聞き出して、記憶が戻ったフリをするのは、どうだろうか。いかにも「興味ありません」という態度を貫く彼が、どんな反応を見せてくれるのか。
そうと決まれば、善は急げだ。
トレードマークの黒のモッズコートを羽織ってキッチンへ顔を出す。

「竜ヶ峰くん、ちょっと出かけてくるから」
「今からですか?もうすぐご飯できるんですけど・・・」
「ごめん、明日は食べるから」

帝人が何かを言う前に、臨也はさっさと行ってしまった。
遠くでドアの音が聞こえて、帝人はため息をついた。
昔の臨也だったら、仕事があっても粘ってなんとか帝人の手料理を食べようとしていた。それがどうしても無理なら、帰ってきてから食べると、それが当然だった。その時は、いつも駄々を捏ねる彼を何とか送り出すのが帝人の役目だった。
なのに、いまは。
帝人は頭を振って落ち込む思考から抜け出そうとした。過去ばかりに縋っても虚しいだけだ。
仕方がない。

自分を排除しようという気配はなくなったから、それでよしとしよう。
そうやって、帝人は自分に言い聞かせたのだった。




***




「君は本当に迷惑だねぇ」

臨也が訪れたのは新羅のところだった。
めんどくさそうに迎える家主を尻目に、臨也は優雅にくつろいでいた。セルティも顔色はわからないが、心なしか肩が落ちているようだ。
しかし、彼女がいるのは好都合だ。新羅より、よっぽど彼女の方が感情豊かで、つまり、同情も誘いやすい。
臨也は身を正すと、「竜ヶ峰君の事で話があるんだ」と少しばかり憂いた顔で言った。新羅の片眉がぴくりと跳ねる。

「なんだい?どうせ彼を唆す材料を探してるだけだろ?」
『何!?それは許さんぞ!』

さすが高校からの腐れ縁である。お見通しの新羅に内心舌打ちをしたが、あくまで標的はセルティだ。自分でも笑いが出そうになるようなくさい演技を続ける。

「そうじゃない。彼とどう接していいかわからないから、前の俺があの子とどういう風な関係だったか知りたいんだ」
『そうだったのか!』
「セルティ、騙されちゃだめだよ。それをネタに何か企んでるんだよ」
『そうなのか!?』
「いくら俺でも、助手相手にそんな酷いことしないよ」
「お前はどこまでもやるさ」

新羅のお陰で、すっかりセルティにも警戒されてしまい、内心舌打ちする。
臨也は肩を竦めてみせた。

「そういうつもりじゃないんだけどね。ただ、助手と気まずいままじゃ仕事もやりにくいだろ?」
「堪え性のないお前が気まずく感じる相手をいつまでも置いておくわけないだろ」
『やっぱり帝人で遊ぶつもりなのか!?』
「・・・もういい。他を当たる」

すっかり機嫌を損ねて立ち上がると、新羅は小さくため息をついた。

「他も僕と同じ反応だと思うよ」
「・・・・。」

臨也はまるで癇癪を起こした子供のように乱暴にドアを閉めて出て行った。その姿を見送って、セルティがどうしようとおろおろする。

『み、帝人に注意しなければ!』
「大丈夫だよ。あいつに言った通り、誰もあいつに協力しないよ」

臨也に散々辛酸を舐めさせられたことは忘れていない。
帝人を忘れた今、彼は「人間を愛している」と豪語していた時期に完全に戻っているのだ。
そんな彼に余計な情報を与えるのは非常に危険なことを、自分たちは知っている。

「それに、そんなこと帝人君が知ったら、相当ショックだろうねぇ」
『そう、だな』

セルティはしばし、考え込むようなフリをしてから、勢い良く顔を上げた。

『皆に注意してくる!』
「ええ!そんなことより僕との時間を、」
『次に行きそうなのは・・・、ええと、杏里か!?まずい、杏里が危ない!』
「いや、彼女は大丈夫で」
『待ってろ杏里!今助けに行く!』

そう言ってセルティも臨也と同じく出て行ってしまった。
その姿を哀愁を漂わせながら見送る新羅。


「ホントあいつは疫病神だよ・・・」

やっぱりぶん殴ってでも帝人のことを思い出させた方が自分たちのためかもしれない。

「その時は静雄に頼もう」

帝人のことを静雄に話せば、臨也は最悪死ぬかもしれない。しかし、それは自分が悪いと新羅は思う。
やはり、伊達に臨也の同級生をやってたわけではなかったのであった。




***




(新羅が首なし以外を庇うってどういうこと!?)

彼らの家を出て、臨也は更に苛立ちを感じていた。
お人よしの首なしはともかく、あの新羅までもが竜ヶ峰帝人のためを思って動いている。一体あの子にどれほどの魅力があるというのだろうか。
そして、どうして自分はこんなにも苛立っているのだろうか。
新羅がしらばくれて情報をくれないことはいつものことだ。だから、それが原因ではない。それでは、新羅が竜ヶ峰帝を贔屓したことだろうか。いや、新羅の好意がどこにあろうとどうでもよい。
自分でも理解不能な感情に余計に苛立つ。

とりあえず怒りに任せて宛てもなく歩いていた臨也は、ワゴン組を見つけて足早に彼らに近づいた。

「ドタチン!」

臨也の声を聞いて、門田がぎょっとした表情を見せる。

「臨也・・・」
「何その顔。むかつくんだけど」

元々機嫌が悪かった臨也は、素直に顔を顰めて見せた。美丈夫の不機嫌は非常に迫力があったが、新羅と同じく元同級生の門田は怯むのではなく、これから起きるであろう面倒を思って、深いため息をついた。
その面倒の一部、狩沢が目を輝かせて臨也を迎えた。

「イザイザじゃない!二次元の十八番!恋人をわす、むぐっ」
「大声を出すな。迷惑だ」
「あれ?養生してたんじゃないんすか?」
「あれからどれくらい経ってると思ってんの?」

皮肉げに笑う臨也に、遊馬崎は怒るでもなく「それもそうっすね」と言った。

「ねぇ、竜ヶ峰君のことについてききたいんだけど」
「そんなの本人にきけばいいだろ」
「直接きいたら意味がないんだよ。事故前の俺と彼の関係を詳しく知りたい」
「関係?」

訝しげにしている門田は、狩沢を押さえる手を強めた。余計なことを言われたら帝人の立場がますます苦しいものになってしまう。

「情報屋とその助手だろ?」
「そうじゃなくて。俺があの子をどう呼んでたとか、どんな風に接していたとか、なんで住み込みに至ったのかとか、気に入らないけど、竜ヶ峰君と仲良かったんだろ?だったら知ってるんじゃないか?」

助手としては波江という前例がいたが、今まで一度も誰かと同居をしたことはなかった。だから、きっと非常に近しい関係だったはずだ。
やけに切羽詰った表情の臨也に、門田は肩を竦めた。

「お前はそれを知ってどうするんだ?どうせ帝人で遊ぶ気だろう?」

帝人、と呼び捨てにされて、なんとなく、気に食わない気持ちになる。

「なんなんだよ。新羅もお前も。ホント、俺をなんだと思ってるわけ?」
「なんだ、新羅にもそう言われたのか。じゃあ間違いないな。止めとけ。そんなことしたらアイツに今度こそ愛想つかされるぞ」

彼らから見て、自分は竜ヶ峰をそんなに必要としているのだろうか。いや、確かに助手としては優秀だが、助手がいなくても今までやってこれた。

「なんでそんなに隠すわけ?」
「何を言ったってどうせお前は信じないだろ?結局は自分で確かめないと気がすまないやつだ」
「そんなの聞いてみなきゃわかんないだろ」

しつこく食い下がる臨也に、門田は肩を竦めて、狩沢の口を塞いでいた手を緩めた。

「狩沢、教えてやれ」
「いいの!?えっとね!記憶を失う前のイザイザはそれはそれはみかぷーを溺愛していて帝人君可愛いよ帝人君はあはあぺろぺろってな具合に、もが」
「どうだ?信じるか?」
「・・・お前が本当のこと話す気がないことはわかったよ」

すっかりへそを曲げてしまった臨也は、「邪魔したね」と雑踏に消えてしまった。
人に紛れた黒を見送りながら、狩沢は首を傾げた。

「あれー?本当のことなのに」
「まあ、普通は信じないだろ」

臨也はとんでもない性格破綻者だが、門田の知る限り、同性には手を出したことがなかった。あの心酔っぷりからして、きっと帝人が最初で最後だ。
昔、彼が適当な女と恋愛ごっこをしていた頃は、あんなに周囲に牽制しなかった。演技などではなく、本当に帝人を愛していたのだろうことは簡単にわかる。
帝人を忘れた今も、彼を気にして入るようだが、ただの興味対象に過ぎない。帝人は可愛い弟分だ。たとえ、帝人が臨也を好いているのだとしても、おもちゃにしてやる気はさらさらない。

臨也が記憶を失ってから、何かと帝人の様子を見に行ったりしているが、帝人にはこれと言って変化はなく、にこにこと笑うばかりだ。
しかし、その様子はかつてブルーウェクエアと組んでいた時の彼に似ている。あの頃はそんなことも知らず、後から気づいてどんなに後悔したことか。

(ったく、一番忘れちゃいけねぇやつを忘れてんじゃねぇよ)

門田は彼らの先を思って、小さくため息をついた。



[続く]

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池袋帝人君を守る会。2011/02/06

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