俺の知らない君04








「ふう・・・」

帝人は臨也と別れてから、目に付いた公園に入った。
日が落ちた頃だったので、その小さな公園には人の気配がなかった。しかし、帝人にとっては好都合だ。
ベンチに腰を下ろして、前屈みに背を丸めて考え込むような格好で両目を覆う。

先程の臨也の目。怒りと嫌悪が浮かんだ赤。
人と対峙することに恐怖を感じない帝人だが、臨也に今までに向けられたことのないような視線を受け、手が震えるのが止められなかった。
大好きな人に、嫌われた。
いつも見るのが大好きだった彼の目が、怖くて見返すことが出来なかった。
記憶を失う前の臨也なら、帝人が先程のような行動を取ったら拗ねはするだろうが、それを受け入れてくれていた。臨也のためを思ってした行動を彼が責めることはなかった。
それなのに。

(もういやだ・・・)
帝人にとって大切なものはなにもかもが抜け落ちている。
あれが臨也であることは確かだが、認めたくなかった。
あんなに好きだといってくれたのに、簡単に忘れて。

彼が自分を疎んでいることはうすうす感じていた。
伊達にに彼の傍にいるわけではない。出て行って欲しいと考えていることがなんとなくわかった。
けれど、自分が手をつけていた仕事もある。彼が自分の記憶を失っている今、自分が逃げたら半端になってしまうものがあまりにも多い。
だから、それらを終えてから、考えようと思っていた。彼の足を引っ張ることはしたくなかった。
我慢しようと思っていた。傍に居られるだけでいいと思っていた。後少しの時間、彼と居られれば。彼の元を離れる時までに覚悟を決めよう。そう思っていたのに。

あの嫌悪を含んだ赤が鮮明に思い出される。

詰め寄りたくなる。
どうして忘れたのだと。
そんなにどうでも良い存在だったのかと。

記憶のない彼にとっては迷惑にしかならないし、混乱させたいわけではない。
けれど、自分の、気持ちは。

「ふ・・・、」

漏れそうになる声を押し殺していると、じゃり、と踏みしめる音が聞こえた。
そっと、見上げると、あまり品の良くない笑みを浮かべた男子学生たちが帝人を面白そうに見下ろしていた。




***




「だからね!男が好きなんじゃなくて、たまたま!好きになったやつが男だったのよ!」
「へー」

熱弁する狩沢に、興味があるのかないのか、少し間の抜けた相槌を打つのは遊馬崎だ。
門田は白熱する後部座席の会話を頭が痛い思い出聞いていた。隣で流れている聖辺ルリの曲に夢中になって自分の世界に入り込んでいる戸草がうらやましい。

もう少し周りに気を使って欲しい。
しかし、悲しいかな、最近の池袋は彼らにとってさらに住みやすい環境になってきたらしく、今のような常人には理解しかねるような話をしていても、ぎょっとされたり、軽蔑の目を向けられたりすることはめっぽう減ったのだ。
もうため息をつくしかない。

半ば現実逃避に車の外を眺めていると、見知った少年・・・、いや、青年が走っている姿が目に入った。珍しい。また臨也と静雄が喧嘩を始めたかと思ったが、それにしては周りの人間が落ち着いている。一体どうしたのだろうか。
様子を窺っていると、数人の男子高校生が彼を追っているのに気が付いた。陳腐な野次や怒号が青年に浴びせられている。
(やれやれ)
門田が戸草に車を回すよう指示すると、狩沢たちも帝人に気が付いたのか、身を乗り出してきた。

「きゃーーー!!みかぷーが男どもに追われてる!犯されちゃう!」
「もうその話は止めろ」

いつまでも二次元脳から戻ってこない狩沢の帽子を軽く叩くが、彼女の逞しい妄想をとめることはできなかったようだ。ものすごい勢いでペンを走らせる狩沢に、肩を竦めた。

「帝人君が逃げるなんて珍しいっすね。ぼこぼこにされても立ち向かっていきそうなのに」

ひょいと顔を覗かせた遊馬崎の言葉に、門田も同意した。
帝人は大人しそうな見た目とは裏腹に、負けん気が強い。しかも、引き時だと彼自身がわかっていても立ち回らないのだ。更に困ったことに、帝人になにかあれば、臨也が発狂しかねない。
帝人が頬を腫らして帰れば、翌日、相手は東京からいなくなっているだろう。
いつまで経っても帝人の意固地は直らなかったはずだが。

「まあ、事情は後でだな」
「そうよ!早くしないとみかぷーが蹂躙されちゃうなんて・・・!見たい!」
「あははー、後が怖いですねー」

臨也は記憶喪失になってしまったからその脅威はないが、帝人のバックにはまだ青葉という臨也系の後輩が控えている。
それに、万が一、他の池袋の住人たちに知れ渡れば、相手はどんな目に会うことか。高校生の将来が危ぶまれる。

「はぁ、行くか」

思わずため息を吐いて、戸草を促したのだった。




***




「すいません、ありがとうございました」


情けなく高校生に追い回されていたところを、門田たちに助けてもらった。面倒なことにならなかったことにホッとする。
門田も同じことを思っていたのか「大したことなくてよかった」と言った。

「みかぷ!大丈夫?抱きつかれてない?キスマーク残されてない?」
「はぁ、」

kwskと帝人にまとわりつきながら矢継ぎ早に質問をしてくるのを、戸草がため息を吐いて引き剥がす。
狩沢のハイテンションには慣れてきたはずだが、目を白黒させる帝人に、「気にするな」とため息を吐いて見せた。

「怪我はないか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げた後、帝人は苦笑した。

「本当助かりました。まさか大学生になってまで、かつあげされそうになるなんて」
「でも、お前が逃げるなんて珍しいじゃないか。まあいつもそうしてくれればこちらとしても助かるが」
「う、」

自覚しているのか、帝人は苦い顔をした。

「まあ、今、いざこざ起こすわけにはいきませんから」
「・・・臨也か?」

少し躊躇いがちに訊くと、帝人は何の気まずさを感じさせることなく、あっさりと頷いた。

「まだ僕が抱えてる仕事がありますし、情報も引継ぎしきってないんで、僕に万一があったら業務に支障がきたしますから」
「引継ぎって・・・、お前、出て行く気か?」
「そうですよ」

その幼い顔が、自嘲気味に歪められる。

「望まれないのに居座るのもちょっと」
「何か、言われたのか?」
「・・・言われては、いませんけど、」

わからないはずがない。
今まで、ずっと傍にいたのに。

帝人はハッとしてワゴン組みを見た。

「あ、すみません、こんな話されても困りますよね。気にしないで下さい。ああ、でも、これからはちょっと臨也さんは抑えられそうにないですね」

また面倒をかけることになりそうです、と、すまなそうに笑う帝人に、門田は眉を寄せた。

「俺が言いたいのはそんなことじゃない。臨也がどうのじゃなくて、お前はそれでいいのか?」
「だって、それしかないじゃないですし、」

先程の嫌悪を含んだ赤を思い出し、じわ、と涙が浮かびそうになるが、そっと目を伏せて隠した。

仕方がない、と、諦めたように言う帝人に、門田が眉を顰める。そして、頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でた。

「わ、門田さんっ?」
「なあ、帝人、今日は俺ん家に泊まってけ」

少し気分転換が必要だろう。そう思って誘ったのだが、当然、帝人は目を丸くした。

「え?」

門田の突然の言葉にも驚いたが、更に驚いたのはその後響いた狩沢の絶叫だ。

「いやああああああああ!!!!ドタチン!実はみかぷーのことを・・・!!」
「うるさい!違う!止めろ!誤解を招くようなことを言うな!」

叱るが、狩沢が落ち着く様子はない。失敗したな、と、門田は深いため息を吐いた

「あー、まあ嫌ならいいが、」
「いえ、嬉しいです。でも良いんですか?」
「構わない。じゃ、決まりだな」

すっかり話が決まったらしい門田と帝人に、戸草と一緒に狩沢を押さえていた遊馬崎が肩を落とす。

「狩沢さんに自重求めるくせに、門田さんだって燃料投下するんだから・・・」


首を傾げる帝人に、門田は知らなくていいと強く言ったのだった。



[続く]

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気がついたらワゴン組がいつもいる。2011/02/06

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