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俺の知らない君03








事故に遭って、目が覚めて。
まったく見知らぬ少年は、自分の同居人だと新羅から聞かされて驚いた。

臨也は竜ヶ峰帝人という人物をどう扱って言いか分からずに持て余していた。なれなれしく突然顔を見せた少年が、実は少年ではなく大学生だという事実にまず驚いた。
正直中学生と言っても通じるかもしれない。
けれど、口を開いてみれば、確かに中学生ではないことはすぐにわかった。
たいした話はしていないが、言葉の端々に彼の知慮が感じられた。しかし、それだけでは様々な色を持った池袋の面々を目の当たりにしてきた臨也の興味はかき立てられない。

自分の助手らしいが、それでも、知らぬ人間が自分のテリトリーに侵入しているのは気分が良くなかった。
人間は愛しているが、だからこそ、自分との線引きがはっきりとしていた。
臨也としては、早く出て行ってくれないかと願うばかりだ。



「臨也さん、頼まれていた資料できました」
「ありがとう」

ひょっこりと顔を出した件の青年、竜ヶ峰がディスクを差し出してくる。
(俺は一体どうして彼を助手に選んだのか・・・確かに、仕事が速いけど、決定的な理由がわからない)
ジッと彼を見ると、彼は居心地悪そうな視線を向けてきた。

「なんですか?」
「いや、記憶を失う前の俺と君って、どんな感じだったのかなって」

臨也自身は大したことを言ったつもりはなかったが、彼にはそうではなかったらしく、湖のように凪いだ目が大きく見開かれた。
その反応を不思議に思ったが、次の瞬間には、いつもの冷静な目に戻っていた。

「別に、今と殆んど変わりませんよ」
「本当に?」
「じゃあ臨也さんはどうだったと思います?」

試すような言葉に、臨也は少し目を丸くしたが、「そうだねえ」と考えてみる。

「先輩と後輩で、雇い主と助手、だからねえ。友達って気もしないし、うーん、君は信者でもないんでしょ?」
「はは、御免ですね」

少し馬鹿にされたような反応に、内心ムッとする。
確かに、波江だって事情があって雇っているのだから、この青年もそうなのだろう。

勿論、彼のことは調べてある。
この大人しそうな童顔の青年が、遊びから生まれた無色の集団、ダラーズの創始者であることは知っている。
最初は驚いたが、彼を観察する中、非常に好奇心旺盛で、プライドが高いことが知れた。
記憶を失う前の自分にとって相当面白い駒だったことはすぐにわかった。

彼自身も臨也のことを嫌っていはいないが、しかしに好意的とも考えにくいから、恐らく、この青年もそういった関係・・・つまり、ダラーズ絡みで、臨也の下で働かざるを得ない状況に陥ったのだろうと予測した。
しかし、実際、彼が自分に雇われたのは、そんなものとは一切関係ないタイミング、しかも「学校卒業」という、一般的に住居を変えるのに、ありふれた時期だった。
彼の生活環境を優先して雇う、つまり、自分は彼に相当気を使っていたことになる。

もしかして、彼に弱みを握られているのだろうか。
しかし、正直、それが見つからない。臨也にとって、自分の生き方は理想そのものだ。あえて言うなら平和島静雄をいつまで経っても抹消できないことだが、それが自分を脅す種にはなりえない。

(確かに面白い人物だろうけど、早く出てってくれないかなあ)
普通の人間ならすぐに切り捨てるが、相手はダラーズの創始者だ。これからも面白そうな駒なのに、ただ追い出すのには躊躇われる。
(何かいい案内かなあ)
穏便に彼を追い出す方法。

(あーむしゃくしゃする。ちょっと気分転換して来よ)
はぁ、と詰まった息を吐き出して、臨也はかけてあったトレードマークのモッズコートを羽織った。

「ちょっと出かけてくるね」

彼用に宛がわれていた部屋で、パソコンに向き合っていた帝人に声を掛けていく。
瞠目した彼が、慌てて立ち上がった。

「どこに行くんですか?」
「池袋だけど?」
「ええと、病み上がりですし、静雄さんもいますから止めた方がいいんじゃないですか?」
「別に大丈夫だよ」
「でも、」

珍しくしつこい帝人に、臨也が眉を寄せる。

「何?そんなに心配だったら付いて来ればいいじゃん」
「え、」

ぱちぱちと瞬かれた蒼穹の瞳に気分がよくなる。

「そうだ、俺についてきてシズちゃん出てきたら俺を庇えばいいじゃない」

そう言えば怒って外出を許すだろう。臨也はそう予測していた。しかし、帝人は一筋縄ではいかなかった。

「それはどうかわかりませんが、付いて行くのは構いませんよ」
「は?」

彼はもう既にその気になったらしく、「ちょっと待っててください」と言ってパソコンを落とし始めた。

「・・・来るの?」
「そういったのは貴方じゃないですか」

しれっと言ってコートを羽織って「行きますか」と促され、臨也は釈然としないものの、助手を連れ立って外出する羽目になった。




***




「何か用事でもあるんですか?」
「まあ特にはないかな」

彼に新羅の家に連行され、頭の傷とその他を診て貰ってからぶらついていた。
適当に話しながら臨也は周りの様子を窺う。面白そうなものがないか常に、柘榴の瞳がせわしなく動いていた。
その様子を見て、彼も人間観察が目的なのだとわかったのか、言葉少なく臨也の隣を歩いた。

「臨也さん、今日の夕飯は何にします?」

まるで家族のような言葉に、臨也はとてつもない違和感を感じたが、「なんでもいいよ」と答えた。

「じゃあ焼き鳥にしてもいいですか?」
「あー、構わないよ」

きょろきょろしながら返事をすると、隣から小さく「やった」と声が聴こえてきた。
ちらりと見ると、僅かに頬が緩んだ帝人の顔。
あまり、柔らかい笑顔は見ていなかったので、新鮮な気持ちになる。
(・・・、記憶失う前は俺にもこうやって笑ってたのかな)
いや、自分の性格を考えると、そんな和やかな雰囲気は遠そうだ。

「あ、」

帝人の視線の先を見ると、久しぶりに見たバーテン服。臨也の天敵である平和島静雄だ。
向こうもこちらに気づいたのか、ゆっくりとした足取りで、向かってきた。
周囲の人々が、池袋最強と新宿の情報屋を見つけ、慌てて通りから逃げていく。あっという間に臨也と帝人、平和島静雄の三人だけになった。
真昼間から全く人の気がなくなるなんて、まるで映画の世界のようだ。

三メートルほど先まで来て、相手の歩みがぴたりと止まった。
サングラスを胸ポケットにしまう。そのゆっくりとした動作が更に恐怖を増徴させるが、臨也には関係のないことだった。

「臨也君よぉ・・・池袋には来るなっつってんだろが」
「うるさいなぁ。別に池袋はシズちゃんのものじゃないだろ。俺が来ちゃいけないなんて法律はありませーん」

ぷいーと大人気なくそっぽを向いてみせる臨也に、静雄の顔にびきびきと青筋が浮かぶ。
帝人も「うわあ・・・」と可哀想なものを見る目を向けてきたが、臨也はそ知らぬ顔だ。

「ノミ蟲が!!死ね!」

早くも堪忍袋の緒が切れた静雄が、近くにあった標識を引っこ抜いて走ってきた。臨也もたまったストレスを発散するべく、ナイフを取り出した。
静雄が標識を振りかぶった瞬間、素早く避けるつもりであったが、それより一瞬早く、彼らの間に入り込む者があった。
二人の間に体を滑らせたのは竜ヶ峰帝人だった。庇うように立つ彼に、二人が驚愕をする。

「!?」
「くそ!」

静雄が無理矢理軌道を変えて、帝人すれすれのアスファルトに標識を叩き付けた。

「竜ヶ峰、大丈夫か!?」
「ええ、すみません、大丈夫です」

にこっと笑った帝人にホッとしてから、静雄が帝人を怒鳴る。

「危ねぇじゃねぇか!」
「ごめんなさい」

素直にぺこりと謝る帝人に、静雄も怒りきれないのか、「くそ!」と頭をかきむしる。
普通であれば、逃げ出すはずなのに、それどころか彼は静雄を真っ直ぐ見上げて堂々と言い放った。

「すみません。臨也さんはまだ病み上がりなので、見逃していただけませんか?」
「あ?病み上がり?」
「ちょっ、竜ヶ峰君!」
「あぁ?りゅうがみねくん?」

静雄が眉を寄せる。
宿敵に弱みを見せるなんて冗談ではない。助手を遮ろうとするが、逆に言葉を重ねられてしまう。

「事故で怪我をしてるんです。だから、お願いします。今度、プリン奢りますんで」
「いや、プリンは別に・・・つーか、お前、」
「帰るよ」

静雄の言葉を遮って、臨也が帝人の腕を掴んで強引に歩き出す。帝人は目を丸くしたが、大人しくされるがままだ。

「おい、臨也、」
「じゃあね、シズちゃん。バイバイ」

帝人の言葉が効いたのか、静雄は追ってくる様子はなかった。




「・・・なんで、あんなことしたの」

路地裏に連れ込まれ、ナイフで脅されながら、帝人は怯えるでもなく、臨也の柘榴の瞳を真っ直ぐ見上げた。

「庇ったことですか?怪我のこと話したことですか?」
「どっちもだ」
「庇ったのは、臨也さんが出かける前にそうしろと言ったからです。怪我のことはその体で戦ったら危険だと判断したので素直に話しました」

恐らく、嘘はない。
臨也のために身を挺して信者のようなことをすれば、臨也の面子を潰すようなことをする。しかし、それは臨也を守るためだった。

「・・・君は俺のなんなの?」
「助手じゃないですか」
「そうじゃなくて、」
「だったら、出かける前も訊きましたが、臨也さんはそれ以外に何があると思うんですか?」

それしかないでしょう?とゆるぎない声色で、まるで言い聞かせるように言ってくる彼に、苛立ちを感じる。
自分が知らないことを知っている。しかも、それは彼にとって有利な立場に立たせているようだ。それが面白くない。
柘榴の目を細めると、帝人はそっと目を伏せた。

「・・・すみません、先に帰っていただいてもいいですか?」
「どこ行く気?」
「静雄さんの所にフォローに行ってきます」
「病み上がりの俺を放って?」

言った後にまるで拗ねているようだと思い、不快感で眉間に皺が寄る。
彼は少し困った顔で「すみません」と謝った。そんならしくないことを言ったにも関わらず、静雄を優先する助手に腹が立つ。

「好きにしなよ」


そう言って一気に興味をなくしたように、臨也は一人歩き出した。 (絶対帰ってやるもんか)
今日は女のところにでも泊まろうと考え、それを実行した臨也だったが、深夜、外泊先で帝人から「今日は帰りません」とメールが来ているのを確認して、更に機嫌が降下したのだった。



[続く]

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知らない事に対してジレンマを感じている臨也さん。2011/02/06

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