メリークリスマス!



『24日は空いてるよね?』

新宿の情報屋、兼、恋人の折原臨也に有無を言わせない笑顔で訊ねられた時、帝人は頷くしかなかった。


『これ、うちのカギだから。学校終わったら来て』

そう言ってあっさり渡されたのはいつも通されている事務所兼自宅のカードキーだ。
情報屋と言う職業柄と大変な性格上、彼に敵意を抱く者は少なくはない。だから、それを自分に渡す事はとても危険だ。帝人は、臨也や静雄のように身体能力に特別優れいている訳ではない。帝人から奪う事は臨也本人から奪うより何十倍も簡単だ。それに、帝人が裏切って誰かに渡してしまわないという保障もないのだ。
帝人は目を丸くして彼を見上げれば、彼はいたずらっ子のように笑うばかりだった。きっと自分の戸惑う姿を面白がっているのだろうと、眉間に皺を寄せる。

『こんな物騒な物、預かれません』
『言ってくれるね。まあ君だから預けるんだけど?』
『信頼して頂くのは嬉しいですが、僕の身も危なくなるじゃないですか』

本当は自分より目の前の男を心配して持ちたくないと言っているのだが、つけ上がられては困るので、わざと冷たくする。
折原臨也は人類を愛していると平気で言ってのけるような人物だ。彼は常に人の秘める意外性を求め、彼の思い通りに行く様な平凡を好まない。そんな彼が自分に興味を示したのは、自分がダラーズの創始者であるからだと思う。それを一番近くで観察できる立場を求めた結果に過ぎない、というのが、帝人の予測だ。
一応、彼とは恋人という間柄にはなっているが、中々頷かなかった帝人に譲歩して、情報を提供すると言う条件付きなのだ。あくまで情報のためだというのが今の自分たちの表面的な関係だ。
しかし、実のところ、帝人は本当に彼を好いてしまっている。自分でもなんであんな人を好きになったのか心底信じられない。だが、やはり、彼が隣りにいればドキドキするし、会えなければ寂しいと感じる。きれいな女性が彼の隣りに立てば、自分の不釣り合いさを実感して落ち込む事も多々。
帝人が考えるに、今の状況が持続できているのは自分が臨也に心酔し切った様子を見せていないからだと思う。
これでもし、臨也の思いに素直に答えていたら、臨也はとたんに自分に飽きるだろう。
もしかしたら、もうバレているのかもしれない。意地を張っている自分に面白がって付き合っているのかもしれない。疑えば疑う程きりがない。
そんな帝人の様子をジッと見つめていた臨也が『帝人君はさぁ…』と口を開いた。

『何ですか?』
『いつになったら俺の事好きになってくれるのかな?』

揶揄するでもなく、怒るでもなく。ただ、ぽつりと呟かれた言葉に帝人は瞠目する。

『ごめん、なんでもないや』

『気にしないで』と薄く笑った彼も、演技なのだろうか。
結局、その話は終わりになって、もう一度クリスマスの約束を確認しただけだった。


帝人には、臨也と言う人間は複雑過ぎて計りかねる。彼の真意がまったくわからない。
だからこそ、好きだと告げるのに躊躇う。

約束をしてからクリスマスまでの一週間、彼と会う事はなかった。
ただ、朝と夜に送られて来るおはようとおやすみのメールだけが彼との繋がりだった。
会いたい、とか、寂しい、とか、送ったら臨也は鬱陶しく思うだろうか。めんどくさいと思うだろうか。それが帝人からメールを送るのを躊躇わせる。
浮き足立った町中とは裏腹に、帝人は重い足取りで臨也宅へと向かった。


***


「お邪魔します」

渡された鍵で部屋に入ると、しんとした部屋は暖かかった。
部屋を見回すとエアコンが付けっぱなしになっていた。まったく、と、僅かに眉を寄せる。
それから帝人は買って来た食材を持ってキッチンへと向かった。
何かデリバリーを頼もうという臨也の言葉に首を振り、自分で料理すると言ったのだ。 確かに、お店には劣るけどと苦笑して言えば、臨也は大げさに首を振って否定してみせた。
『帝人君が作るものは何でも美味しいよ』
まるで妻の料理を褒める夫のようなセリフは、一体何処まで真実なのだろう。そうやって疑う事で、帝人は自分の平静を保った。
もし、自分が『彼女』という立場だったら、相当可愛くないと思う。
臨也も、いくら思い通りにいかないからといっても、そろそろ飽きてしまうのではないだろうか。愛想の悪くて扱いにくい駒よりは、可愛らしくて楽しい駒の方がいいに決まっている。
そんな暗い考えがぐるぐると頭を回る。

「っつ、」

考え事をしていたら、親指の付け根を包丁で切りつけてしまった。そんなに強くした訳ではないが、臨也の家の切れ味の良い包丁は帝人の指を案外深く傷つけたようで、すぐに血の玉が浮かんで流れ始めた。慌てて蛇口を捻って水に流す。

「うわ…赤いのが見える」

流れる水に溶けても赤が薄らと見えて、相当深く切りつけたんだなと他人事にように指を見つめていた。
勿論、痛いし冷たい。でも、胸にぽっかりと穴があいたように、どうでも良い気分だった。
ちらりと横を見ると、まな板が赤く染まってる。まるでホラーだな、と思った時、後ろから強く肩を掴まれた。
まったく気配を感じていなかったので、「ひあ」と情けない声を上げてしまった。

「何してんの!」

吃驚して見上げると、臨也の怒った顔とかち合った。初めて向けられる表情に、帝人は僅かに身体を揺らす。
そうしている間に臨也が腕を水から引っ張りだし、傍に掛かっていたタオルを傷口に強く当てた。「痛、」と小さく漏らすと、品の良い眉が更に跳ね上がった。

「痛いのは当たり前でしょ!」
「はあ、すいません」

帝人の反応が気に入らなかったのか、臨也の眉間に皺が刻まれる。

「ったく、何考えてんの?君に自殺願望があったなんて知らなかったよ」
「は?」

そう言われて帝人は大きく目を見開いた。臨也の眉間に更に深い皺が一本増えた。

「深く切ってんのに流水に曝したら出血が酷くなるに決まってるだろ!押さえるんだよ!こういう時は!失血死したい訳!?」
「あ…」

そこまで言われて、ようやく自分の状態に気がつく。ゆっくりと視線を巡らせると、タオルは真っ赤に染まっていた。

「うわ…」
「うわはこっちのセリフだよ…」

出血で頭が鈍っているのか、ワンテンポ遅れた帝人の反応に脱力した臨也がそのままぎゅうと帝人を抱きしめた。
こんな時だと言うのに、大人の男の人の匂いがして、どきりとする。

「…もう帝人君には料理頼まない」
「え、」

数少ない、帝人が臨也にしてやれる事が一つ減ってしまう。帝人はショックを受けて臨也を見上げると、臨也は「そんな顔しても駄目」と首を振った。

「家でもやっちゃ駄目。俺が毎日食べさせてあげる」
「な、何言ってるんですか」
「言葉の通りだよ。今日から君はここに住む」
「…お気持ちだけで結構です」

突拍子もない臨也の言葉に、喜ぶ自分がいる。しかし、血が少ない為か、頬が熱くなる事はなかった。好都合だと思った帝人は、甘かった。

「気持ちだけなんて寂しい事言わないでよ。もう準備は整っているんだから」
「はい?」

臨也の言葉に嫌な予感がする。
恐る恐る上を見上げると、彼はにこりととても優しくて甘い笑みを浮かべていた。
女性が思わず頬を染める様な、この表情をする時、彼は大抵ろくな事を考えてない。

「少し休もう。明日新羅を呼ぶから」
「いえ、大丈夫ですよ。すぐ治りますから」
「駄目。痕になったら俺が嫌」

なんだそれと突っ込みながらも、彼の治療を大人しく受けた。薬を塗られ、ガーゼを被せてからくるくると包帯が巻かれる。しなやかな指が行き来するのをジッと見守っていた。
治療が終わって彼に連れて来られた寝室。
まさかとぎょっとして彼の顔を見ると、彼は意地悪い笑みを浮かべていた。

「何期待してんの?」
「してません!」

意地になって暴れる帝人を無理矢理ベッドに寝かせ付けて自分も潜り込んで来る。

「ちょっ、」
「何もしないよ」

真剣な声色に、ぴたりと帝人の抵抗が止む。

「何もしないよ」

もう一度言って、帝人をぎゅうと抱き込んだ。
男の人としては華奢な方な彼だが、しなやかな身体で、大人だと帝人は抱きしめられる度に感じる。

「クリスマスは明日にしよう」
「え、でも…」
「俺が眠いの。ね?明日にしよ?」
「…はい」

気を使われてしまったと、帝人は居心地が悪くなった。しかし、出血のせいか身体がだるいのも真実だ。帝人はずっと頭を撫でて来る手に素直に甘えて、ふかふかなベッドに身を委ねた。


「お休み、帝人君」

甘く甘く、帝人を見下ろす黒曜石に、帝人が気づくのは先の事。


しかし、この臨也の紳士的な行動は、翌日、帝人が自分の荷物がすべて臨也宅に勝手に運び込まれているのを発見して、無に帰す事になる。
帝人が素直に臨也を信じられるようになるまで、時間がかかりそうだ。













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がっつり過ぎてしまいましたがメリークリスマス!
クリスマスに「一緒に暮らそう」と告白しようとしてた
ロマンチスト臨也さんでした。2010/12/28

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