「帝人くん、羽田空港に行ってみたくない?」 「は?」 いつも通り、臨也の家の心地よいソファを満喫しながら読書をして、彼の仕事が終わるのを待っていた帝人は、臨也の突拍子もない言葉にすげなく返事をした。 「行ってなにするんですか。しかも今混んでません?」 国際線が開通するということで、今賑わっている件の場所。 飛行機を利用するというのであればわかるが、なぜ空港に行かなければいけないのか。胡散臭げにパソコンの向こうの臨也を窺うが、その表情は見えない。 しかし、臨也は「帝人くん知らないのー?」とからかうように言った。 「国際線ができるから中に日本を売りにしたショッピングモールができるんだよ。」 「そうなんですか?」 「うん。だから、おいしいもの食べに行きたいなーって思って。ね、どう?」 おいしいものと言われると、帝人の心はすぐに傾いた。 付き合うようになってからも彼を警戒する部分はあったが、苦学生の身、食べ物には滅法弱かった。ちなみに、これでは節操なしのように捉えられてしまうから弁解するが、臨也だからであることを明記しておこう。 「いつ行くんですか?」 「んーっと、次の土曜はどう?」 「大丈夫です。」 帝人は二つ返事で快諾した。 早速携帯を取り出し、何があるのかを検索する。きっと、人も多いし、目立つ臨也と一緒だから、疲れるだろう。それでも、彼と出かける事ができるのが、嬉しかった。もちろん、そんなことは態度に出さない。からかわれるのはご免だ。 「楽しみだね。」 「そうですね。」 パソコンの向こう、歌うように言う臨也が、明らかに何かを企んでいる顔をしている事を、帝人は微塵も気づかなかった。 *** 「やっぱり混んでますね。」 ひとひとひと。 帝人はほう、と圧倒されたように溜息をついた。 今ではだいぶ慣れてきたはずの人ごみだが、やはり規模が違う。しかし、人ごみは嫌いじゃない。 それは、人間観察を趣味としている臨也も同じようで、わくわくといった擬音語がつきそうな表情をしていた。きれいな顔立ちをしている臨也が幼く見える表情の一つだ。 大抵、この表情をしている時はロクな事を考えていないのだが、帝人はそれよりも空港の方に興味が駆り立てられていた為、この重要なサインを気にとめていなかった。のちほど思い出し、後悔する羽目になるのは、まだ先の話である。 「見てみなよ、帝人くん。時代劇のセットみたいだね。」 モール内はまるで江戸時代のような風貌で、見る者の目を楽しませた。なるほど。外国人だけではなく日本人にも面白い。 店先をのぞいてみると、漢字がプリントされたTシャツのような気軽なものから、かんざしや着物、本格的なものまで揃っていた。 「帝人くん、抹茶が飲めるみたいだよ。」 「わ、本当だ。」 嬉しそうに目印の野点傘に誘われるように近づく帝人の後を、臨也がにこにことついて行く。 じっとねだるように見上げられ、臨也も悪い気はせず、「二人分お願いね」と着物のお姉さんに注文した。臨也の営業用スマイルに店員の女性が頬を赤らめたのを、帝人は少し嫌な気持ちで目を逸らした。 別に臨也に声をかけた訳でもないのに、心が狭い自分が嫌になる。 「何拗ねてんの?」 恐らくわかっているだろう彼は、にやにやといやらしい笑みを浮かべていた。 本当に癪だ。 帝人は「別に」とすげなく言ってプイッと顔を逸らした。 「お待たせいたしました。」 「すごい、かわいいお菓子だ。」 先程の店員さんが持ってきた盆には、薄茶と白と茶のウサギまんじゅうが二匹乗せられていた。素直に興味を示す帝人に、店員さんの顔が綻ぶ。 「秋のお菓子なんですよ。」 「あ、そうか。お月見ですもんね。」 「ええ、季節事に色々なものがあるんです。春ですと鳥や花などが主です。」 「練り切りってやつですよね。桜や梅は見た事あるんですけど、どれも可愛らしいんでしょうね。」 そんな風にはしゃげる君の方が可愛い。 そう言いたかったが、恐らく口にしたら足も踏まれるし機嫌も損ねてしまうだろうと思い、臨也は口をつぐんで菓子と茶を受け取った。 帝人の外行きの顔は本当に好感度が高い。 臨也もおおむね好評だが、帝人は童顔という武器が構いたくさせるのだ。本人はコンプレックスを感じながらも、しっかりと利用しているのだ。まったく、強かである。 また、蛇足ではあるが、臨也は敏い人には警戒されやすい。その好青年の笑顔に胡散臭さが滲んでるのではないかと帝人には呆れ混じりに言われている。付け加え、それは大正解だと言われ、拗ねて口を尖らせれば、帝人は少しだけ臨也の機嫌を取る様に気遣った。帝人もなんだかんだで懲りないヤツなのである。人懐っこく見せながらも実のところ懐柔しにくい帝人の垣間見る好意が、臨也を更に自惚れさせていることに、帝人はまだ気がついていない。 今だ話をしている店員と帝人を横目で見ながら、臨也はこっそりとポケットを探った。臨也はこれからの事を思い、顔がにやけてしまいそうになるのを必死で堪えた。 「臨也さん?」 いつの間にか話を終えていた帝人に呼ばれ、臨也はなんでもない風に「なんだい?」と笑った。 帝人の眉間に皺が寄る。 「怪しいんですけど。」 「俺の?どこが?」 「・・・・・・・。」 じぃっと疑る様に臨也の顔を睨み上げて来る帝人に、臨也は大げさに肩を竦めてみせた。 「帝人くん、俺だって傷付かない訳じゃないんだよ?」 「そうですよね。この間刺されて入院してましたし。」 「物理的な話じゃないって。失礼だな。」 可愛らしいおでこを小突いてからお茶を渡すと、帝人は少し臨也を上目遣いで伺った後、お茶に視線を落とした。 「飲み方知ってる?」 「なんとなくですけど。」 「まあ茶席じゃないから気にしなくても良いかもしれないけどね。」 そう言いながら、臨也はぱくりと白いうさぎを口に入れた。咀嚼してから器を正面にして器に口をつける。帝人がジッとその様を見ているのを感じて、器の飲み口を指で拭いながら臨也が薄く笑う。 「こんな感じ。」 「そ、そうですか。」 声を掛けられて、ハッとする。帝人は臨也の動作に見惚れてしまった自分に恥じ入った。 いつも何をやってもサマになる男だが、簡易なお茶を飲むのでさえ絵になる。かっこいいと素直に思う部分と、癪だと感じる部分が喧嘩しているような気持ちだった。 「帝人くんも召し上がれ?」 「はい。」 可愛らしいうさぎをもぐもぐと食べてから、臨也がやった様に幾度かに分けてお茶を飲む。甘いおまんじゅうが抹茶の苦みを和らげて随分飲みやすかった。 残りの兎を頬張ると、臨也がにこにことこちらを見ているのに気がついて、眉を寄せる。 「なんですか。」 「いや別に。俺のも食べる?」 「頂きます。」 正直に言うと口の中がまだ苦かった。遠慮なく厚意に甘える事にする。 自分のと臨也のうさぎを食べていると、臨也は「次は何処に行こうか?」と訊いて来た。 「何かお勧めはあるんですか?」 「んー、ああ、プラネタリウムがあるんだよ。見てみない?」 「プラネタリウム・・・。」 男二人で見に行くにはなんとも視線が痛そうな場所だと思ったが、心中を読んだ臨也が「大丈夫だよ。」と笑った。 「最初のうちは話題のスポットだから物珍しくて行ってるとしか思われないよ。」 「そう、ですか。」 じゃあ、と頷く帝人を「そろそろ行こうか」と促す。 「夜だと中で飲み食いが出来るらしいんだけどね。」 「そうなんですか。それも素敵ですね。」 きっと格好のデートスポットだろう。 少しだけ興味があるが、夜行けば増々浮いてしまうに違いない。 「本当は夜に行ってみたかったんだけど、今日はちょっと無理だしね。」 「え?何か用事があるんですか?」 臨也の言葉に帝人は驚いて目を瞬く。 臨也と外出する時は大抵夜まで遊ぶ。そして、そのまま臨也の家に泊まって行くのがいつものコースである。そして、翌日は中々起き上がれないので二人でごろごろと一日を過ごす。その原因が僅かに帝人の思考を掠めた所為で恥ずかしくなり、わずかに膨れっ面になる。 それを拗ねと取った臨也は首を振った。 「まあ用事と言えば用事なんだけど、他に行きたい所があるんだよ。」 「そうなんですか。どこに行くんですか?」 「秘密。」 「・・・・・。」 とびきりの笑顔に、こっそりと様子を伺っていた周囲の女性がざわめいたのがわかった。 しかし、その語尾にハートでもつきそうな臨也の様子に、帝人は不審気な目を向けた。 「そんな顔しないでよ。帝人くんも絶対楽しめるから。」 「どうですかね。」 そんな事を言って、以前はラブホに連れて行かれた。 臨也とするのは嫌いではないが、いや、むしろ好きだが、そればっかりではまるで身体目当てみたいだと女々しくも思う。いつも涼しい顔をしているくせに、そう言う事だけは本能に忠実なひとだ。 「ほら、着いたよ。」 いつの間に買ったのか、プラネタリウムのチケットを渡され、手を引かれて暗い室内へと入る。 ふかふかの椅子に座ると、やはり人ごみに疲れたのか、少し眠くなって来た。耳に心地よいアナウンスで、更にうとうとしそうになる。 「眠い?」 「大丈夫です。」 ふるふると頭を振るが、眠気は一向に覚めなかった。 「少し寝ちゃえば?起こしてあげるから。」 「いえ、」 頑なに起きていると主張し、帝人は結局最後まで船を漕ぎつつも寝る事はなかった。 外に出れば目も覚めるだろう。 目をしょぼしょぼと擦りながら歩く帝人の手を、臨也が誘導する様に引っ張る。 「寝れば良かったのに。」 「・・・・。」 むぅと口を尖らせて反抗の意思を見せる帝人。臨也は意地っ張りな様子に、小さく笑った。 「まあそういうところが好きなんだけどね。」 「・・・・。」 今度は繋がれた手を外してやろうと乱暴に腕を振ってみたが、臨也の白くて大きい手は緩む事はなかった。 「待っててね。もうすぐちゃんと休めるから。」 ホテルにでも行くのだろうか。空港だし、そういった場所は沢山あるのだろう。 (臨也さんには悪い事したな、折角連れて来てもらったのに) ふらふらと連れられるがままに歩きながら、ぼんやりと考える。 しかし、言葉にする事すら億劫で、少し口が開いただけで、謝罪が音になる事はなかった。 暫くして受付らしい所に行き、臨也と相手が何事か言葉を交わす。一生懸命聞き取ろうとしたが、帝人はなんとか目を開けて立っているので精一杯だった。 「ご気分が悪いのですか?」 「いやぁ、寝不足で眠いみたいよ。昨日楽しみ過ぎて寝られなかったらしいんだ。大丈夫、中で寝かせるから。」 平然と嘯く臨也に、受付の女性が笑みを浮かべる。 微笑ましいとでも思ったのだろう。本当に、帝人の童顔は役に立つ。勿論、今の帝人には、臨也がそんな風に思っている事すら微塵も気づいていない。 その後、何かのチェックみたいなものがあった気がしたが、帝人はなんら気に留めず、いや、気に留める事が出来ないくらいの眠気に襲われ、臨也に連れて行かれるままであった。 「ほら、着いたよ。」 座らされたのは椅子だった。帝人の顔が不機嫌になる。 「ベッド・・・。」 「ちょっと我慢して。移動するから。」 「・・・・。」 じゃあ、しょうがない。 そう諦めて、奥の椅子に落ち着く。ああ、グリーン車みたいだ。きっと眠そうな自分を気遣ってくれたのだろう。あとで謝らないと。 まずは回復させなければ。 もぞ、と寝やすい体勢を探して、身体を落ち着ける。 すっかり寝る気の帝人の頭を、臨也は隣りから優しく優しく何度も撫でた。 「薬もすっかり効いているみたいだね。」 まるで、歌う様な声は、今の帝人には届かない。 「ゆっくりお休み。」 『この度は、ご利用頂きまして、誠にありがとうございます。間もなく離陸致します。離陸時は大きく揺れる場合がございますので、安全のため、シートベルトをお締めになってお待ち下さいませ。』 |
君と空の旅を! |
********************************************************** 明らかに何かを企んでいるのにうっかり嵌ってしまった帝人さん。 一体どこに連れて行かれるのやら。2010/10/09 ブラウザバックでお願いします。 |