君と行く夏祭り









『事務所に来て。』



そんなメールを彼から受けたのは土曜の午前中。
当然、一人暮らしの身としては平日に溜めてしまった家事をこなさなければならない。時間も指定されていないし、午後でいいだろうという判断を下した訳だが、件の男が家まで迎えに来てしまった。
不機嫌に「まだ行けません。」と言えば、彼は「じゃあ手伝うよ。」と我が物顔で部屋に上がり込んで来た。

「また勝手に…」

渋々といった雰囲気を出しつつも、内心は嬉しかった。
家事をこなす『折原臨也』なんて非日常で実に興味深いし、何より、学校の友達の様に頻繁に会える訳でないから。
掃除をしてランドリーに行って。何をしても様になるのがまた癪だが、バレない程度に横目で盗み見てその姿を目に焼き付けておいた。

「あー、にやにやしてるー。帝人君やーらしー。」

パスタをくるくると巻きながら、臨也が帝人をからかう。
真面目にしていればカッコいいのに。帝人はオムライスにスプーンを入れながら、むすとした表情で反論した。

「じゃあ臨也さんはいっつもいやらしいんですね。」
「そうだねえ。帝人君の事ばかり考えちゃうから。」
「………。」

ぬけぬけと何を。この人が考えているのは『人』の事だ。なのに頬が熱くて仕方がない。 今度は無視を決め込んで、自棄気味に多めに掬ったオムライスを頬張った。

「所で、今日は何の用事なんですか?」
「ああ、それは着いてからのお楽しみだよ。」

やはりにやにやしている彼からは、嫌な予感しかしない。

「…帰ってもーー」
「俺に手伝わせておいてそれはないよね?」
「ぐ…」

勝手にそっちが手伝って来たんじゃないか、そう言いたかったが、勝手でも何でも手伝ってくれたのは紛れもない事実だ。借りを作りっぱなしなのも、後々面倒な事になるに違いない。

「…変な事だったら帰りますからね。」

負け惜しみの様に言って、帝人は再びオムライスにかぶりついた。


***



事務所には波江はいなかった。
顔を合わせなければいけないのかと少し緊張していたので、ホッと息を吐く。
「適当に座ってて。」といつもの様に案内をされて、けれど、いつまでたっても慣れず所在無さげにソファに座って彼を待つ。
彼は何かを手に、すぐに戻って来た。やけに弾んだ足取りがまた不審を増す。

「何景気悪い顔してるの。ホラホラ、見てみなよ!」
「あ、」

包みを広げると紺色の浴衣と帯が姿を現した。

「どう?君に似合うと思ってね。」

ふふんと胸を張って言う臨也の顔を見て、帝人は目を瞬いた。

「僕に、ですか?」
「そうだよ。夏祭りはやっぱ浴衣じゃないとね。それとも嫌?」
「嫌と言うか…。」

着物の善し悪しなどわからないが、素人目で見ても高そうな生地だ。
臨也は社会人であるから(少し語弊があるかもしれない)、あまり頓着しないかもしれないが、帝人からすれば大事だ。戸惑って臨也と浴衣を交互に見ると、臨也が大げさに肩を竦めてみせた。

「受け取ってくれないと困るなあ。折角、帝人君の為に仕立てたのに。」
「え、ちょっ!わざわざ仕立てたんですか!?」
「俺が似合いそうな生地を見立てたんだよ?まあゆったり着るものだからサイズ計ってなくても大丈夫だよ。」
「そういう心配をしているんじゃないです!」
「帝人君は何が気に入らないのかな?」
「気軽に贈り物なんてしないで下さい!僕には返せません!」
「見返りなんて求めてないよ。強いて言えば浴衣姿の君が見たいだけ。それに、そんなに心配しなくても俺の財布は全然痛んでないよ?」
「そう言う問題ではありません!」

まあまあ、とひらひらと手を振って、声を荒げる帝人を宥める。

「もう買っちゃったんだから仕方無いじゃない。オーダーメイドだから返品も効かないしね。次から気をつけるから今回は受け取ってよ。」

それでも受け取ってくれないなら、これはゴミ箱行きだけどね。
臨也の言葉に、帝人の顔は増々険しくなる。
そう言えば自分が受け取るしかないとわかっているのだ。本当に腹立たしい。

「……わかりました。でも、次はなしにしてくださいね。」
「うんうん。気をつけるよ。」

「その…ありがとうございます。」

ふと、礼を言ってなかった事に気づいて、口にすると、臨也はきょとんと目を瞬いた。

「臨也さん?」
「いや、なんでもないよ。気に入ってくれた?」

そう言われて、浴衣に視線を落とす。
素敵だと思う。
素直にそう伝えると、臨也は嬉しそうに「そっか、」と小さく繰り返して笑った。


(…本当にもうやめてくれるよね?)

頭の片隅で少し不安になった帝人であった。



***





「どうどう?良い男じゃない?」

帝人がもたもたしている間に、臨也は少し部屋を出て浴衣に着替えて戻って来た。上機嫌らしい彼は、くるりと大げさに一回りして帝人にお披露目をしてみせた。
シンプルな黒の浴衣に、褐色の帯。臨也らしい色だ。
普通なら「はぁ?」とあざ笑ってやる所だが、この男、本当に癪な事に、似合っている。 臨也のスタイルの良さを引き立てていて、思わず目が行ってしまう。
にやにやしてこちらを楽しそうに伺っているので、十中八九帝人の心中を理解しているのだろう。本当に癪だ。

「…臨也さん、着物って着慣れてるんですか?」

悔しくて、気を逸らす様に質問をしてみる。
実際、臨也の立ち振る舞いは自然だった。そもそも、帝人には不格好な『折原臨也』というものが想像し難いのではあるが。

「んー、そんな事ないよ?知識としてはあるけどね。っていうか、浴衣着て祭り行くの事態初めてだし。」
「そうなんですか。」
「そうそう。帝人君とが初めてだよ。」

艶やかに笑う臨也に対し、帝人の反応は実に素っ気ないもので、「ふうん。」と気のない返事をしただけだった。
臨也が自分に何らかの感情を持たせようとしているのがまざまざとわかる。
しかし、ここで普段と違う格好をしている彼に興味を持っていると悟らせてはいけない。いいようにからかわれるだろう事はわかりきっているし、何より自分のプライドが許せない。
だから?と言わんばかりに肩を竦めてみれば、彼も同じく竦めてみせた。

「お祭りだよ?テンション上げてこうよ。」
「臨也さんなんて年中お祭りみたいなもんじゃないですか。」
「なんだか厳しくない?ねえ?心が折れそうだよ?」
「あー、ないない。気のせいですよ。」
「ほらっ、気のせいじゃないじゃないっ!」

しくしくと泣くふりをしてみせる臨也。帝人ははぁ、とため息を吐いて目を逸らした。 素直になれないのは、やっぱり浴衣の所為かもしれない。
こうやってふざける事でいつもの臨也だと安心できる。
アレで中身もナイスガイを演じられたら、ずっと顔が赤いまま彼の隣りを歩かなければならなくなる。

(イケメンっていうのは、本当、腹立つなぁノ。)

悔しい気持ちで、浴衣を着ようと、ジーンズに手を掛けた所で、視線を感じる。帝人の眉間に皺が寄る。

「臨也さん。」
「いや、帝人君着れるのかなって思って。純粋な興味だよ。」

にこにこと解説されればされる程胡散臭い。
普通に考えて、男同士なのだから気にしなくて良い筈なのだが、この男は普通を覆すので帝人は完全に手を止めた。

「臨也さん。」
「…駄目?」

自分の容姿を理解した上で、少し寂し気な表情でお願いをして来る。
しつこいようだが、この男、顔は本当に良い。そして、今はプラス浴衣だ。

「駄目です。」

なんとか抵抗して言ってみると、今度は素直に舌打ちが返って来た。
三秒前の自分、良くやった。この男にとってどんな価値があるんだか知らないが、意地でも見せるか。

「外にいて下さいね。あと覗かないで下さい。」
「わかった。でも、うっかり入って来ちゃったらごめんね。」
「わかりました。僕もうっかり帯で首絞めちゃったらごめんなさい。」
「…うん、外で待ってるね。」

とぼとぼと臨也が出て行ったのを確認し(本当になんでそんなに見たいのか、心底、理解不能だ)、やっと静かになった室内で服を脱ぐ。
浴衣を羽織って、昔、母に着せてもらった時の事と家庭科の教科書を思い出しながら、着物をつまんで、着物の中心を背中に合わせる。右手側を左の腰へ持って行き、確か少し斜め上へ、左手側も少し斜め上へ。
それから腰紐を取って巻き付けるが、結び方がわからない。

「うーん…でも、上からもう一枚巻くんだから、取れなければ良いのかな…。」

ぶつぶつと呟きながら、とりあえず端を中へねじ込んだり引っ張りだしたりして巻いてみる。

「なんとか…なったかな?」

割と自分でも上手く行ったと思う。
後は角帯だが、先程と同じくぐるぐる巻き付けて、途中で止まる。

「結び方…、」

わからない。
先程臨也はどのように巻いていたかと、懸命に思い出そうとするが、そういえば、彼は自分に背を一切向けてなかった様な気がする。
そう考えて、どこか意図的なものを感じる。

「帝人くムん、できたー?」

ドアの向こう、楽しそうな彼の声。帝人は不機嫌な声で「まだです。」と答えた。

「できないの?手伝おうか?」
「結構です。」
「そう?じゃあ待ってるね。」

案外あっさり引き下がった臨也に、考え過ぎかと帝人は自分が恥ずかしくなった。
自意識過剰。はぁ、とため息を吐く。
部屋にパソコンがあれば、グーグル先生のお力を借りるのだが、ここは寝室だし、携帯電話はリビングに置いて来た鞄の中だ。

臨也にしてもらえば良いのはわかっている。
しかし、一度断った手前、頼みにくい。
帝人は仕方無く模索しながらいろいろと結んでみるが、鏡で確かめるとどうしても違和感を感じる。
おかしいというのはわかるのだが、どうすれば良いかがはっきりしない。
二十分程格闘した末、帝人は投降した。


***


素直に部屋の前で待っていた臨也。
これからの事に想いを馳せて、顔が緩んでいる。常人であれば「だらしない」に分類される筈だが、女性が見れば頬を染めそうな表情だ。

(そろそろかな。)

携帯を見てそう思っていると、部屋の内側から控えめなノックが聞こえた。
続いて、「臨也さん、」と躊躇いがちな帝人の声が続く。

(来た!)

「どうしたの?」

優しく聞き返してやると、暫しの沈黙の後、

「すみません…帯結ぶの、手伝って頂けませんか?」

期待通りの展開で、臨也は見えないのを良い事にいやらしい笑みを浮かべた。

「あれ?さっき大丈夫って言ってなかった?」
「…試してみたんですけど、上手く行かなくて…」
「いいよ、結んであげる。」
「本当ですか?ありがとうございます。」

ホッとした声が返って来たが、勿論、ただではやらない。

「ただし、『臨也さん、してください』って可愛くお強請りできたらね。」
「は?」

帝人の、馬鹿にした表情が容易く想像がつく。
しかし、この自称二十一歳、そんな事では折れない。いや、寧ろゾクゾクしている。

「簡単だよ?たった十文字で君を満足させてあげられる。」
「言い回しが気持ち悪いです。」
「あー、いいの?そんな事言っちゃって?俺は別に変な結び目の子と歩くのは構わないけどー?」
「………。」

ああ、怒っている怒っている。
ふふ、と笑っていると、強めにドアを叩かれた。何かと大人ぶるくせに、こういう所は可愛いのだ。

ちらりと時計を見る。もうすぐ五時半だ。
これ以上はねばれないか、と思い、「入るよ」と言おうと口を開きかけたが、その前に帝人の声が聴こえた。

「…………してください。」

思わず目を何度も瞬く。

「え、」
「だから、臨也さん、してください!」

殆どやけっぱちで叫んだ帝人。
無理だと思っていたのに、まさか言ってくれるなんて。

「………色気がないなぁ。」
「少なくとも、僕が浴衣着るのにはそんなの一切必要ないです。」
「いや、いるって。すっごい必要。」

文句をつけつつも、臨也は大満足だ。

(帝人君は俺の想像を良い方向に裏切ってくれるねえ)



渋々といった風にドアを開けて迎え入れられ、臨也はにこにこと上機嫌で部屋に足を踏み入れたのであった。






[続く…?]







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デレデレ臨也とツンデレ帝人。帝人を構うのが楽しくて仕方無い様子。2010/08/25

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